”月日は百代の過客にして行き交う年もまた旅人なり。船の上に生涯を浮かべ、馬の口とらえて老いを迎ふる者は日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。” 芭蕉の”おくのほそ道”の旅立ちの冒頭。旅立ちは45歳の時、その5年後、”旅に病み夢は枯野を駆け廻る”の句を残し、別の旅先で亡くなる。”おくのほそ道”は、死出の旅となる出立のひと月前の春に彼の心の書として纏められた。死を予感していたのか?芭蕉にとって人生は漂泊の旅の中にあり、そこに死すとも厭わない。私も芭蕉にならい旅に出る。人生の新たな旅立ちである。”漂泊の思ひやまず” トルストイの言葉”光あるうちに光の中を歩め”に従い、まだ間に合う。生きている限り、光は平等に人の上に注ぐ。光がまだ自分にも射しているうちに旅に出るべきと。

投稿者: ucn802

会社というしがらみから解き放されたとき、人はまた輝きだす。光あるうちに光の中を歩め、新たな道を歩き出そう。残された時間は長くはない。どこまで好きなように生きられるのか、やってみたい。

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