昨日の夢

昨日夢を見た。昨年末突然亡くなった友が入院しており、見舞いに来ている。治療のため手術をしたという。手術跡は生々しく、顎から耳に掛け残っている。患者衣姿で傷口を見せてくれる。

目が覚めた。彼と久しぶりに会ったのは亡くなる2日前、たまたま早く会に来ていたので差しで飲んだ。40年近い年月が既にそれぞれに過ぎ去っている。そして彼は何故死に、私は何故残ったのか。

私は50歳で膀胱癌になり、手術を3回している。抗癌治療は昨年まで18回。膀胱が萎縮し、頻尿になり睡眠障害で苦しんでいる。還暦で定年退職を選んだ理由もここにある。膀胱を残すため、医者の勧めで、この治療を選んだ。実は治療は尚続く予定であった。癌を完全に再生不可能にするか、苦しい抗癌治療を続けるか、セカンドオピニオンを他院に求め決断した。結果としてまだ癌は再発していないが、後遺症が私を今尚苦しめている。

死を恐れ、治療に苦しみ続けることが果たして良いものなのか。生きる意味が失われたとき、価値は失われる。生きるとは単に耐えるだけではなく、自ら主体的に価値を見出す生きざまにある。彼の死は私に生き方を変えた。苦しんで耐えて生きるより、生きたいように生きよ。今自分は何をしたいのか。何を求めているのか。あと何年生きられるのか、それともすぐにも死は訪れるてくるのか。回答は今享受している今この時にある。

Photo by Jaime Reimer on Pexels.com

投稿者: ucn802

会社というしがらみから解き放されたとき、人はまた輝きだす。光あるうちに光の中を歩め、新たな道を歩き出そう。残された時間は長くはない。どこまで好きなように生きられるのか、やってみたい。

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