先ず足元を見よ

山に登るとは常に上に向かうことだけではない。先ず足元。一歩間違えれば奈落の底。足元を確保してこそ登れる。上に登るには眼下が重要となる。山が険しくなればなるほど足元が重要となる。登るとき、体重を支えるのは一本の足。もう一本は前に踏み込むため浮足になる。先ず一本の足元がしっかりしていなければ次の一歩が出なくなるばかりか最悪真っ逆さま。死がお待ちかね。

コロナ禍が遠くへ向く目を足元へ戻した。先ず足元を見よ。私の住む東京は日本の総人口の11%が住む言わずと知れた日本の首都だ。しかし、遠くなかなか行けない島嶼部を除いたとしても実質25%は緑溢れる山である。コロナ禍の御蔭で気が着いたのだが、魅力ある山々が連なっている。八王子、あきる野、青梅の西部からは山山山である。しかし東京の山と侮るなかれ。舐めて掛かると火傷する。

あきる野市から檜原村に跨る戸倉三山は特に厳しい。刈寄山と市道山と臼杵山の連山。標高は差して高くはない。臼杵山の842mが一番高い。しかし、ここが東京かと疑ってしまうほど、岩山が連なっている。何が辛いのかと言うと岩山の登り下りだ。これでもか、これでもかと続く。しかも一度入ると抜け出せない。蟻地獄のような一本道で山と山を繋いでいる。登山は高さと距離のみで辛さは計れない。登り下りの頻度がものをいう。また登るのか、また下りるのか、この繰り返しで精神的に参る。これが戸倉三山の厳しさだ。驚かされるのはこの三山が東京西部の山々の入口にあることだ。入口で最早東京の山が舐めたもんではないことを思い知らされる。一度登ったものが二度と登りたくない山の一つとしてよく挙げられる。

私は今年2020年10月25日八王子の今熊山から登った。景色が好いのは今熊山まで、後は只管このあきる野市戸倉の三山と向き合うことになる。会えば気分が晴れる山女に一度も見かけることはなかった。余程魅力のない山と自ずと知れた。この三山から途中逃げられるのは市道山から嫁取坂で笹平バス停に下りるのみなのだが、山頂で黄色いテープで封鎖されていた。市道山から臼杵山に向かう途中でお会いしたお爺さんグループがこの道を目指されていたが、どうされたのか気になる。結果として私は昼食休憩も摂らず、16時過ぎのバスに乗るため、檜原村の元郷に下りた。荷田子の温泉に入る当初の予定は吹き飛んだ。秋になると17時が山歩きの限界だ。暗くなると道が分からなくなり、街灯なんて無い山では、暗闇との闘いになる。最悪山で一夜を過ごさなければならなくなる。夜の山は寒くなり、汗で体温を下げた身に過酷。山の怖さだ。暗闇で聞く鹿の鳴き声の恐ろしさは聞いたものでなければ分からない。暗闇の中で足元は見えなくなる。一歩間違えた時致命傷になる。私は登山で無理はしないが、下りるときは別である。走るメロスになる。山の中では日はあっと言う間に落ちていく。

我々の足元日本を見ていこう。コロナ禍の中で、経済は最悪の状況に陥っていくであろう。国境を越えて経済の立て直しを図ることが急務だ。先ず足元を見よ。全ての恩讐を越え、近隣国と相携えてこの苦境を乗り越えるべきだ。強固な経済共有圏を構築すべきだ。あらゆる領土問題、戦後補償問題をドイツのように一歩引いて解決せよ。乗り越えて経済の立て直しに向かうこと求められる。対立していては解決策は見いだせない。 老子の名言がこの国には必要だ。「取らんと欲する者は先ず与えよ」、「上善は水の如し。 水は善く万物を利して争わず」島国たる日本は外交の国となるべきだ。広大なシーレーンや海域を守ることは実質不可能だ。国防に無駄な費用を投じるより、平和外交によりミサイルの撃たれない国を目指すべきではないか?これこそオリンピックの成功へと導く唯一の道だ。全ての問題の解決をパワーポリティックスを優先させるアメリカに頼るのではなく、自らを律する国となるべきだ。早く戦争を終わらせてほしい。敗戦後75年、旧領土で実際戦争は終わっていないことを自認すべきである。旧領土に平和をもたらす責任を痛感して欲しい。この国が暗闇の中で足を滑らすことが二度とないように。

投稿者: ucn802

会社というしがらみから解き放されたとき、人はまた輝きだす。光あるうちに光の中を歩め、新たな道を歩き出そう。残された時間は長くはない。どこまで好きなように生きられるのか、やってみたい。

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