ジョンが遺したもの

かつて住んでいた街の小さな喫茶店、古い書店が数年前から店先で開いている。全てが変わって何も思い出す縁は残っていないが、妙に懐かしい。師走、冬晴れ、木枯らしが冷たい。コロナに翻弄された2020年ももう終わる。珈琲一杯。ふと目が留まる。若い女性が白いバックを肩に下げている。黒い縁取りの中にモノクロのジョンとヨーコが此方を見つめる写真がプリントされている。全ては過ぎ去っている。しかし変わらないものがある。ジョンの瞳に今も映るのは…

John&Yoko

ジョンがニューヨークで殺されて40年。漠然と思い出された。1980年12月8日、ジョンは25才の見知らぬ男から撃たれ、5発の銃弾が全身の8割の血液を奪い、失血性ショックが彼の命に終止符を打った。私は学生だった。悲しかったのか、悔しかったのか、私は余りに若く、居た堪れない気持ちから喪に服した記憶。彼は何故殺されなければならなかったのか?しかも見知らぬ男に。彼の人生は呆気なく一瞬で閉じた。彼の人生を想う。

若い女性は知らないだろう、ジョンの生きた時代を。彼が生きたのはたった40年。今も生きていれば80才。私にとってはまだ栄光のビートルズの一人、彼の生き方も歌も曲も憧れた。何故若い女性がジョンを?不躾に聞いてみた。彼女は嬉しそうに”YES”のペンダントを見せてくれた。そう彼女にとってジョンではない今も生きるオノ・ヨーコが魅力なのだ。この”YES”はジョンとヨーコを結びつけた、1966年ロンドンでオノ・ヨーコが開いた個展、天井に小さく書いた”YES”、脚立に上がり虫眼鏡で見つける。『自ら動いて初めて潜在的な自己の肯定を得る。』ジョンはヨーコに惚れ、妻と子を捨てた。ジョンにとってヨーコとの生活が全て、また素晴らしい曲を世に送り出すことができた。

私はといえば過ぎ去った40年をどう生きてきたのか?生きるために生きてきた。ただ平凡に、好きなことは好きなだけしたが、家族を捨てることはなかった。当たり前の人生を当たり前に。ジョンが言いたかった、やりたかったことを何もできなかった。”Power to the People” “Give Peace the Chance” しかし、心の何処かにある。それはジョンが遺したものだ。心の片隅に。若い女性がジョンとヨーコに触れた六本木の展示会、私も行くことにした。何かが見つかるかもしれない。何かが分かるかもしれない。変わっていいものと変わらなければならないもの。新型コロナウィルスの蔓延で、都心に向かうのは心が引けるのだが。

もうすぐクリスマス。若い頃の燥ぐような気持ちはにはなれない、ただ本来の神聖な”とき”を静かに祝う気持ちが強くなっている。この時、無償にジョンの唄を聞きたくなる。”Happy Xmas (War Is Over)”。今も通じる人間の無力感に対する変革の希望を感じるからだ。

クリスマス(争いは終わる)、弱い人も強い人も(もし望めば)金持ちも貧乏人も(争いは終わる)、世界は間違っている(今)ハッピー・クリスマス(争いは終わる)、黒人も白人も(もし望めば)黄色人種も赤色人種も(争いは終わる)、争いをやめよう(今)

彼の唄”Imagine”は我々の永遠に解決できない問題を訴えている。

想像してごらん 天国なんて無いんだと ほら、簡単でしょう?
地面の下に地獄なんて無いし 僕たちの上には ただ空があるだけ
さあ想像してごらん みんながただ今を生きているって…
 
想像してごらん 国なんて無いんだと そんなに難しくないでしょう?
殺す理由も死ぬ理由も無く そして宗教も無い
さあ想像してごらん みんながただ平和に生きているって…
 
僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず いつかあなたもみんな仲間になって
きっと世界はひとつになるんだ
 
想像してごらん 何も所有しないって あなたなら出来ると思うよ
欲張ったり飢えることも無い 人はみんな兄弟なんだって
想像してごらん みんなが世界を分かち合うんだって…
 
僕のことを夢想家だと言うかもしれないね
でも僕一人じゃないはず
いつかあなたもみんな仲間になって
そして世界はきっとひとつになるんだ (和訳 Akihiro Oba)

ビートルズが解散したのは1970年、個々の道を4人のメンバーは歩きだした。1980年ジョンが亡くなり、最早ビートルズの再結成は不可能となった。ところが1995年四半世紀ぶりに新曲をリリースした。”Free as a Bird”、ポール、ジョージ、リンゴが亡きジョンの未完成のデモテープを元に見事に完成させた。素晴らしいこの曲のMVはビートルズを今に蘇らせた。これが最後のビートルズになったのではないか。ジョージもこの6年後に58才で癌により亡くなっている。

六本木の展示会に行ってきた。入場料2,500円也。この高さ、たかが展示会だろ。しかし驚いた、狭い会場に老いも若きも男性も女性も平日にも拘らず一杯来ているではないか!行った感想、見るべきだ。心に残る『価値』が違う。来年1月11日までやっている。来ているのは、私のように感傷に浸りたくて来た過去の人間だけではない。今も彼らの人生に共感し、問題意識を持ち、『答え』を求める人々だ。親子で、夫婦で、或いは恋人同士で、”Double Fantasy” 彼らが戦ったのは平和や真実の愛だけを求めてだけではない。人種、性、宗教、階級に対する偏見、差別、抑圧に対するものであった。私が図らずも涙しそうになったのは、ジョンがTV司会者にヨーコの前で、ヨーコのことを話したシーンだった。報道に対してだ。ヨーコをはっきり醜いと書く、しかも日本人、旧敵国だ、寝首を取られるのではないかとまで。確かに英国の誇りであるビートルズのメンバーが英国の女性を捨て、どこの馬の骨とも分からぬ日本人と結婚するとは、なのだろう。あの頃、私もそう思ったことを白状しよう。自分に中にある白人至上主義、有色人種としての劣等感、敗戦国としての悲しみ、民族差別、美に対する偏見、考えさせられた。場内で流れる”Happy Xmas (War Is Over)” “Imagine” に合わせ、来た人々が一緒に歌い出したことに彼は決して死んでいないんだと充分思わされた。実際ジョンの葬式は挙げられていない。ヨーコは挙げていない。ジョンは愛する人々の心に永遠に生き続けるんだ。私の心にも。あらゆる差別・偏見・嘲笑・抑圧がなくなるまで。

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投稿者: ucn802

会社というしがらみから解き放されたとき、人はまた輝きだす。光あるうちに光の中を歩め、新たな道を歩き出そう。残された時間は長くはない。どこまで好きなように生きられるのか、やってみたい。

ジョンが遺したもの」への1件のフィードバック

  1. 一気に読んでしまいました。プロモーションビデオも素敵です。
    改めてジョンの偉大さを感じる事ができました。アメリカの警察に根強く残る黒人敵視、ウイグル地区のイスラム信者弾圧など、教育を与えず押し込めていた事が発端で一部が暴徒化するのに、それをまた武力で押さえ込むと言う間違い。ジョンはどう思って観ているのでしょうか?
    素敵な投稿ありがとうございました

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