
この春4月に立花隆氏が亡くなられた。学生時代、遥か40年前になるが、大学で『田中角栄研究~その金脈と人脈』の講演をして頂いた。大学内外から数百の人々が集まった。田中御殿のお膝元目白で開催したことが世間に大いに受けた。主催した我々も留飲を下げた。立花氏の事実を事実として訥々と集まった聴衆に語り掛ける凄み。真実を何処までも追及する鋭い眼力。しかし、あの頃、まだジャーナリズムの金権政治批判が田中角栄を首相退陣へと追い込むも権力の座から引き下ろすには非力だった。学生だった我々は全てに金の力を優先させる世間の風潮が許されないと言う思いがあった。その後ロッキード事件が米国側から暴露され、遂に窮地に追い込まれる。立花隆氏の言葉で今も記憶するのは「権力は腐敗する」だった。

彼はその後、マスメディアの寵児として様々な分野に足跡を残すことになる。政治的なコミットメントは最早、彼にとって本来の興味の対象には小さすぎたようだ。もっと大きな次元で”真実”を追求しようとしていた。大学での講演からすぐに発表された『宇宙からの帰還』は将にその後に追求するものが何なのか、明確に示された。大学で角栄研究の講演をされた時も実は彼の心は最早既に宇宙に旅立っていたのかもしれない。次元が違っていた。この本は、宇宙から地球に戻った飛行士の精神的な変遷を追い、掛け離れた経験から人間の精神が如何に飛翔を遂げるか、人間の精神構造の不思議さを問う最高の傑作だ。ここから人間の思考回路を問う『脳を極める』『臨死体験』へと人間の内面的宇宙の世界に入っていくことになる。心は脳にあるのか?脳死はどう判断すべきか?死に臨み人間が幻想を見るのは何故か?議論を突き詰めていく。2000年以降、心から更に体の不思議へ。細胞の癌化という問題。癌は自己細胞の変異であり、癌を殺すと言うことは自らの細胞を殺すという矛盾点を衝いていく。

立花隆氏は2007年に膀胱癌を患うことになる。私もその3年後に同じ病に罹り、彼の文芸春秋に書かれた手術に至るレポートを熱心に読むこととなった。彼は更に2014年に癌が再発、癌の除去手術を再度受けられている。その時の癌映像を見ており、癌が上皮内癌(stage1)と思われる映像を見ている。私も同様にやはり発癌から8年後再発している。膀胱癌は再発率の高い癌と言われ、放っておくと転移性癌へと変異していく。モグラタタキ的な抗癌治療が続けられることになる。癌細胞がなかなか消えない。私は半年以上続け、音を上げることになった。私のようなガンサバイバーにとって彼が何故亡くなられたのか、どうしても気にならざるを得なかった。
膀胱癌に罹って肺に転移を公表された小倉智昭アナウンサーの件は心痛む。膀胱癌は膀胱内で収まっていれば問題ないのだが、膀胱の壁を越え転移が始まると治まらない。松田優作氏は癌が腰部に転移したことにより39歳で亡くなられている。立花隆氏が抗癌治療をされたか否かは報告されていない。寧ろ、高血圧と糖尿病に苦しまれていたことが報道されている。私も40歳代は両方に苦しんでいた。高血圧は眠れず、糖尿病は四肢を麻痺させる。全く生きながら、将に植物人間の苦しみを味わう。2014年9月14日放送のNHKスペシャル「臨死体験 立花隆 思索ドキュメント 死ぬとき心はどうなるのか」に出演された彼の姿はすでに限界に達しているかに思えた。番組の最後に23年ぶりに再会したレイモンド・ムーディー博士をアラバマ州の家に訪ね、語らうシーンは彼の死を予感してならない。死を素直に受け止めたい彼の本心、そして最後に逢いたかった博士と昔を懐かしむシーンは生きている間にどうしてもとの思い入れを感ぜざるを得ない。既に死を準備していたのか。
https://www.dailymotion.com/video/x260cx5
昨年1月のデモクラBOOKSのYouTubeチャンネルで、立花隆氏との生前最後の元気な姿を見ることができる。いまこの本を読め・第12回 立花隆『エーゲ 永遠回帰の海』。彼は自分の人生をまとめる。角栄研究で得たのがエーゲ海への旅。彼は日本の政治の暗部を追究する中で虚しさを感じたことを語っている。自分の進むべき道は哲学そして科学的真実の追求であるべきと、人生の最終章としての原点に回帰すべくエーゲ海に心が向かう。最早、彼の中で田中角栄から繋がる、否、岸伸介から今まで延々と繋がってきた政治権力の二重構造も些末な問題とここで片づけている。最早日本の歴史を俯瞰的に捉えているようだ。エーゲから飛鳥へ、日本の天皇の歴史の言及している。どんな困難や問題があろうと乗り越える民族であると結論付ける。彼が最後に伝えたかったのは過去の肯定ではなかったか、未来は過去の上に積み重なっていく。基本は哲学であり、その上に科学がある。基本がしっかりしていればいいのだと。人は年を取ると様々な角度から見えるようになるものだとインタビューアーに伝える。彼が死を控え、原点に復帰していきたいとの思いがここにでている。
https://www.youtube.com/watch?v=6__jQMPJKmI
最早、原子力、ウィルス、政治の腐敗、彼は乗り越えるべき問題を後世に託していることが分かる。彼は基本的な問題提起を終え、自分の役割は終了としたかったのではないか。私はここまでと。残された我々は彼の哲学を理解し、また更に後世に伝えていかなければならない。彼の背中が見える。追求し続けた「人間は何処から来て何処に向かうのか」はけして終わらない我々の旅路を示している。彼の遺した著作に解決のヒントはあるが結論ではない。我々が生きる限り回答を求め自ら考え、歩み続けなければならないだろう。
