レンタ🚲で埼玉行田巡り 忍🏯〜古代🪷〜さきたま🪦〜茂美の♨️🚲17.5km

2023年7月7日七夕🎋朝7時23分。埼玉県鴻巣市の吹上駅に着く。新小平から武蔵野線、京浜東北線、そして高崎線へ乗り繋いで1時間15分。早く出発して正解。都心から離れる電車は平日でもあり、それほど混んでいない。晴天、風なし、30℃を超え暑くなる予報。2000年の時を超えた満開の古代🪷を拝むのが目的。しかし、調べれば周りに魅力ある場所がゾクゾク出てくるではないか!まず忍城!11年前見た映画のぼうの城の舞台、豊臣勢20000人vs成田勢500人、水攻めを凌ぎ切った🏯。更に埼玉県の謂れとなった突如現れる大規模古墳群があるさきたま古墳公園。全て5km以内で行ける。更に古墳群の近くには茂美の湯という♨️まである。全て行田市内。最高!

行田市は関東のほぼ中央、埼玉県の北、群馬県との境にあたる。首都から 60km圏内。東京で言えばあきる野市がほぼ同じ面積67.49km2と人口76,864人になる。ただ、埼玉県有数の稲作地帯2000年の歴史。利根川に接し、昔、荒川も流れていた。肥沃な土地。大平原が広がる。史跡が集中するには訳がある。古墳時代の中心であった群馬上野国と武蔵国の接点。利根川を下れば。下総につながり、更に東京湾から太平洋に通じる。中山道を辿れば信濃へ、信濃から北へ下れば日本海。

全て歩いて回れない距離ではないが、じっくり回るには肉体的、精神的にきつい。自転車で家から向かうには途中体力を消耗するばかりか、車道の怖さが堪らない。バス代が行田市は安い(150円/乗車回)のだが、3か所も回るのに都合良く来てくれるか?時間に追われるか?手軽なのがレンタ🚲だ。ネットで調べるとPIPPAが吹上駅にある。初めてのレンタルで怖い気もするが、賭けてみることにした。吹上駅は行田市の南東の鴻巣市にあり、忍城も古代蓮の里も埼玉古墳群も全て行田市、北口から向かうことになる。北口に降りて駅員に聞いてみるとレンタ🚲は南口に一台あるのを見たとのこと。急いで南口に向かう。階段を降りて向かって右側にあった。喫煙所と間違えそうである。携帯のアプリに登録しておいたので1,100円を単にチャージしてスタート、これが間違いだった。デイパスを選ばなければならなかった。12時間で880円、今回9時間弱で課徴金935円の請求、使用料トータル2,035円になる。途中停めていた時間も請求の対象になるようだ。問い合わせのメールを入れてもなかなか返事が来ないので、電話したところ、私の誤操作を許してもらい、全てチャラにしてくれて、880円にしてもらった。新しく借りる方要注意!初めて乗ったレンタ🚲はタイヤがパンクし難くするためか、タイヤが硬く、頑丈なボディーは重い。シンプル構造で安定性が悪い。ギヤは三段のみ。坂道がきつい。文句を言ったらキリがないが、まあレンタルとはこういうものかと思わざるを得ない。まずはとても遠距離を走れる代物ではない。盗むものはまずいないと納得。

古代蓮の里を朝9時からと勘違いしていた。これは古代蓮会館の通常の開館時間で、この時期は7時から開いている。蓮は早く開き、昼には閉じるので、蓮を堪能するためには遅くとも8時には入るべきだ。戻りをさきたま古墳群そして近くの温泉に入って駅へとを考えていたので、一筆ルートで忍城へ向かうべきと思ってしまった。失敗だった。花は盛りに!が鉄則。城も遺跡もまず逃げない。実は忍城はちょっと覗いて、目的の古代蓮の里に向かう予定だった。真っ先に忍城に向かう。行田市郷土博物館がそこにあることも知らなかったし、ましてあったとしても入ることも考えてもいなかった。忍城趾へは旧荒川を越え、住宅地の先にある。天守閣は最早無い。明治維新で潰されている。観光のために物見櫓のみ再現されているが、全く新しい。寧ろ往時を懐かしむのであれば、近くの水城公園に佇むべきだろう。忍城が浮城と言われた所以がわかる素晴らしい景色だ。秋のホテイアオイの一斉に咲き誇るときにまた来たい。中国の古き水郷の姿を見る風景だった。古代蓮の里に向かう途上にあり、この道を選んで正解だった。忍城跡から古代蓮の里へ向かう道がサイクリングロードになっていないのは勿体無いと思われた。忍城と古代蓮の里とさきたま古墳公園の3点を結ぶサイクリングロードを整備し、サイクルマップを公表すれことによりより多くのサイクリストを呼び込めるのではないだろうか?行田市郷土博物館は9時から、8時過ぎには忍城趾に着いていた。天守閣と思っていた城郭が櫓と知り、そのまま古代蓮の里に向かおうかと思ったが、櫓からの景色を楽しみたくなった。何度も来られるところではない。しかし、上るには博物館に入場しなければならない。はっきり言って景色は大したものではなかった。櫓は外観はいいが、高さがなく、長大な景色は臨めなかった。タイムロス。しかし、ブラタモリの番組に取り上げられ、7月15日に放映されるのには驚いた。5月に取材に訪れたとのこと。縁を感じた。行田は面白いのかもしれないとこの時初めて知った。確かに2000年前に稲作が始まり、蓮が植えられ、1500年前には古墳群が築かれている。430年前に石田三成による水攻めに対する忍城の攻防は、正に稲作を守り続けてきた百姓の勝利に違いない。田植えを終えたばかりで田畑全てを水に流されるのを百姓が黙って許すはずがない。全ては繋がっている。古代蓮の里が楽しみになり、更にさきたま古墳公園に期待を持てるようになった。

2000年の時を超えて花を咲かせている古代蓮の里🪷行田蓮は元祖古代蓮で有名な大賀蓮とDNAが一緒とのこと、不思議な縁を感じた。大賀蓮は須恵器の底にあった種を植えたところ花が咲いた。須恵器は朝鮮から持ってきたものかもしれない。同じ遺伝子であればやはり朝鮮から遥々渡ってきたのか?大賀蓮が発見された地は千葉県検見川河口。旧利根川河口に近い。行田という地名は同じく旧利根川河口に近い船橋にもある。海を渡り、川を辿って蓮はやってきたのか?蓮は仏教伝来と共に中国から鑑真和尚が持ってきたことで有名だが、その遥か前に朝鮮経由で既に渡ってきたことになる。古の外来種になるが、この外来種には駆除せよの声は聞こえない。中国の蘇州の庭園では夏の風物詩の一つで、蓮の茎から酒を飲んだり、蓮の実を取って食したりして楽しむ。これは日本には伝わっていないようだ。

古代蓮の里に着くとまず踊り場で世界の蓮が迎えてくれる。これで充分に目を楽しませてくれる。古代蓮はどこにも見えない。奥には展望タワーの聳える古代蓮会館が見える。見物前に腹拵え、手前にうどん館。嬉しいことにこの時期9時から開店。まずこの公園で驚かされたのが、アルコール類を扱っていないこと。商売っ気があれば蓮酒でも振る舞えばいいのになんて思ってしまう。せめて地酒でも?この公園は健全ではあるが、商売気がないようだ。ぶっかけ蓮きんぴらうどん700円を食す。食券を購入し、蓮を見ながら外で食べられる。ふと見るとゼリーフライののぼりが目に入る。ゼリーを揚げるとどうなるのか?インターネットで調べると非常に危険とある。油が噴き出て火災の原因になるらしい。そんな危険なもの売るんかい!店を覗くとおばちゃんが普通に揚げている。なんとゼリーには関係ないオカラとジャガイモが具とのこと。ゼリーの食感が出るのか?食べてみると主にオカラとジャガとソースの味。普通にコロッケちゃうの!インターネット上では銭形だったのでゼニフライ、これがゼリーフライに。想像だにつかないジョーク。うどんも昔ながらの味。あまり期待しないで下さい。早々に古代蓮会館に向かう。この期間無休、朝7時開館、入館料400円、展示資料から驚いたのは蓮の花の命はたった4日だということ。花の命は短くてだ。しかも朝しか咲いていない。如何に次から次に咲くかがわかる。展望タワーに上がる。50mの高さから田んぼアートが望める。上の写真で壇ノ浦百美の頭部の向かって右側に蠢くアリさんが見えますか?あれ整備されているボランティアの方々。如何にこの田んぼアートが大きいかわかる。ギネスに世界一の田んぼアートで認定を受けたのは8年前になる。兎に角凄い!ただ見頃はこれかららしいが、これで凄さは充分に伝わった。更にタワーから望めるのが主役の古代蓮の咲く池。やっと分かった。3面に分かれ蓮池が広がっている。これも広大だ。急ぎエレベーターを降りて古代蓮の咲く池に向かう。

埼玉はカキ氷好きで有名。何せ熱い!と言いながら寒くても埼玉人はカキ氷を食べているのが面白い。帰りに食す。抹茶小豆ミルク500円、とても美味い。

遅すぎた。全て満開を見るには朝8時には来なくてはならない

私には隠れた楽しみがある。蓮池で食す生の蓮の実だ。花の終わった蓮の花托は大きくなり、無数の蓮の実を付ける。蜂の子のように見え、これを食べるのかと思われる御仁も多いようだが、中国では皆当たり前のように食すし、売っている。ベトナムでも韓国でも食すようだ。日本で何故食べないのか、売っていないのか?不思議でしょうがない。花托から蓮の実を取り出すのが面倒だからかもしれないが、蓮の実は栄養が豊富で炭水化物やタンパク質といったエネルギーになる成分から、カリウム、カルシウムなど歯や骨の元になる成分まで幅広く含まれ、血液凝固作用や体内酵素の活性化、神経伝達回路の保護、鎮静作用、筋肉の収縮性や心肺リズムの維持など幅広い効果がある。活性酸素の発生を抑え、非結晶型のアルカロイドも含まれ、血圧を下げる効果、不整脈を予防する作用もあるそうだ。是非、蓮の実が腐らない前に皆さんに食すことをお薦めする。味はまろやか、ほんのりした甘味がとても上品。蓮池の管理者の裏商売にもなるが、このようなことは貧乏臭くて日本ではやれないのかもしれない。中国では花托ごと売っていた。蓮の実は自分で花托からむしり取って食べる。一個130円ほど。花も身もある話

古代蓮の里に行くには、酒を事前に購入し、バスで向かうのがいい。バスは行田駅で乗る。南大通り線コース工業団地行き7時発であれば、長野工業団地バス停に7:13に着く。バスの乗車賃は150円。ただ、そこから1.8km歩くことになる。しかし、ほぼ7時半には着く。これが最短。土日祝日であれば、無料シャトルバスがある。行田駅発7:20、7:40には着けるが、相当バスは混むことになろう。お薦めできない。やはり平日(平日でも混むが)、古代蓮の里バス停から忍城趾(忍城バスターミナル)へ、ランチは水城公園でとり、水城公園前バス停から埼玉古墳公園バス停そして最終的に行田駅に戻る。バスは1時間に一本の観光拠点循環コースで乗車賃トータルは600円で済む。如何か?

さきたま古墳公園古代蓮の里から自転車ですぐ。幹線道路を渡り、旧忍川沿いの荒れたサイクリングロードを走ると小高い丘が見えてくる。これが一番古い稲荷山古墳になる。いきなりメインの古墳。雄略天皇の名が出てくる金錯銘鉄剣が出土している。日本最古の長文が記されている。古墳には二人葬られていたようだが、一方のみ盗掘されず由緒ある鉄剣を残したのだから不思議なことだ。仁徳天皇陵とされる大仙陵古墳を丁度4分の1でできていること自体も不思議だ。5世紀後半に作られた古墳で、長く稲荷神社が鎮座していたため稲荷山古墳と名付けられている。渡来系秦氏の神社、渡来人との関係が推測される。実際、この古墳群に葬られている氏族の名は残っていない。彼らは何処から来て子孫はどうなったのか?全く分かっていない。彼らの存在を計り知ることができるのはこの大規模な墳墓の存在と発掘された副葬品に依るのみ。埼玉県で一番大きい墳墓群になる。一番大きいのはほぼ中央に鎮座する二子山古墳になるが、墳墓の発掘はされていない。これも不思議なことだ。発掘調査されているのはこの2番目に大きい稲荷山古墳将軍山古墳のみ。この時代、関東の大古墳群を形成していたのは利根川を挟んで群馬県太田になる。騎馬の装飾品が多数見つかっていることから、その時代、馬の供給地であった上野との関係が一番であったろう。5世紀から6世紀にかけ、榛名山が大噴火し、上野にあった有力氏族に大打撃を与えている。利根川を越えて移り住んできたことも考えられる。この地域は肥沃な土地が広がっている。将軍山古墳には展示館が敷設されていて、埋葬者の副葬品の詳細を説明している。馬具は高句麗由来のものがあり、高句麗からの渡来人と見られること、4代目に当たるのではないかということ。即ち、この古墳群に葬られているのは渡来人一族と見られ、騎馬民族で、ヤマト王権の設立に深く関わっている武人であったことだ。墓石に房州石が使われ、彼らは利根川を下って江戸湾を挟んだ房総との関係もあったと推測される。日本に馬は元々いなかった。馬を連れてきたのは古墳人だ。正に彼らが渡来人としてヤマト王権を築き上げた貢献人であった。彼らは朝鮮との戦争に駆り出され、滅亡したとも思える。この時代は朝鮮との戦いを繰り広げた時代でもある。さきたま史跡の博物館将軍山古墳展示館も入れて入館料200円、なかなか展示内容がリアルで面白い、様々な想像を巡らせてくれる。惜しむらくは二子山古墳丸墓山古墳の発掘を実施していなのでわからない部分にある。早急に発掘すべきであろう。古墳時代の邪馬台国滅亡から大和王権設立に渡る150年の空白の謎を解く新たな発見ができることに違いない。丸墓山古墳からの風景は美しかった。忍城の櫓が望め、古代蓮の里の展望タワーも間近に臨める。嘗て石田三成が、忍城の水攻めのために堤を築き、この古墳上に陣を構えたと言う。しかし、この堤は百姓たちによりダダ漏れ状態にされた。田を守るためだったろう。七人の侍の映画の中で勘兵衛が最後に言った言葉が忘れられない。「今度もまた、負け戦だったな。勝ったのはあの百姓たちだ。わしたちではない」いくら立派な墓を作っても何も彼らは残していない。肥沃な土地が全てと思えないだろうか。守るのは地場に根付いた百姓以外にいない。

さきたま古墳公園からまた幹線道路を越えて、黄色く派手な建屋が覗く、茂美の湯だ。さあ風呂に入って、疲れを取り、家路に向かおう。外観ではわからないが、自然み溢れる露天風呂が素晴らしい。これでもう少し、行田の風景を望めたら最高と思わせるが、建屋の構造上致し方ないのかも。湯は土色の柔らかい源泉になっている。勿体無いくらい溢れている。疲れも癒える。酒を飲もうと食事処を尋ねると大衆演劇の舞台の上の上の階、覗いたが、騒がしいのが苦手なので、酒は諦めた。また例により、吹上駅に着いて、ホームで電車を待つ間、缶酎ハイとつまみのチーズ鱈。プハーッ、お疲れ、ン?チーズ鱈に金属片が絡んできた。ガリッ、歯の詰め物が取れた。歳と共に歯茎が緩み、詰め物が取れやすくなっている。もう年だ。いつまでボケないで自転車に乗れるのかが問題になってくる。

投稿者: ucn802

会社というしがらみから解き放されたとき、人はまた輝きだす。光あるうちに光の中を歩め、新たな道を歩き出そう。残された時間は長くはない。どこまで好きなように生きられるのか、やってみたい。