🛌眠ることは🕊️生きること💧頻尿との戦い(膀胱抗癌治療から前立腺手術の間で)

今でも憶えている。「誰でも年をとれば頻尿になる。少々眠れないくらい当たり前、諦めることですね。」泌尿器科で有名な公立病院の担当医から言われた言葉。老人が夜間頻尿でいかに苦しんでいるか、夜間頻尿がいかに老人の命の奪っているか、この時私も知らなかった。自分自身が経験するようになるまで….6年前、この病院の泌尿器科部長のサイドビジネスの駅前クリニックで受けた抗癌治療だった膀胱癌BCG注入治療の副作用で、膀胱は萎縮し、過活動化し、頻尿で苦しむことになった。2,3時間に1回はトイレに行かなければなくなった。これは夜中でも。

私は膀胱癌で2010年、2018年と2度の手術を受けている。最初の癌が見つかったのはやはりこの駅前クリニックで、中国の8年に及ぶ単身生活の果て、帰国後生じた陰嚢の腫れの検診からである。医者は膀胱をエコー検診し「見つけた」と嬉しそうに叫んだ。癌だった。まだこの時は膀胱内面の表在性のTaで済んだ。この公立病院での経尿道的膀胱腫瘍切除術(TURBT)によって下半身麻酔下、切除手術を受け、ことなきを得た。陰嚢の腫れはリンパ腺を通して膀胱内の異常を伝えたものだったのだろう。全ては繋がっているはず。しかし、8年後にまた癌が襲ってきた。膀胱癌は再発する可能性が高い。この癌を見つけたのもこのクリニックで。中国にやはり1年間駐在し、全くの症状なしで、またはないだろうと一応確認のために診てもらったところ、医師のメモに“T2”とのみ書かれていた。浸潤性で寧ろ厄介な癌細胞だった。最悪の場合、膀胱全摘出になると言われた。戦わざるを得ない。手術から1ヶ月で膀胱内に癌細胞が残り、抗癌治療が始まる。これがまた地獄だった。

膀胱癌BCG注入治療とは。誰もが知っているBCGつまり牛型結核菌ワクチンを膀胱内に封入し、刺激を受けた自分の免疫細胞のマクロファージが癌細胞を貪食・破壊する。結核菌と膀胱癌が頭の中で中々結びつかないが、要は同じ毒をもって毒を制すという考え方で人の中の抗原抗体反応を利用する。結果として膀胱内で免疫細胞が菌と癌細胞と戦うため、強い炎症反応がおきる。膀胱内はカオス状態だ。それでも完治率は6割。5分5分よりはまだマシなレベル。「毎週1回注入し、6~8回繰り返す。 注入終了後も1~3年間は注入を維持した方がよいとの推奨があるが、具体的なスケジュールは定まっておらず、実際に完遂率が低い副作用も高頻度にみられるなどの問題点もある」とされる。この副作用とは「頻尿,排尿痛などの膀胱萎縮膀胱刺激症状,発熱,易疲労感などの全身症状,皮疹,関節痛などのアレルギー反応が軽微なものを含めると8割の患者に起こり、患者の生活に少なからず弊害をもたらすことが推測される」完治率より副作用に苦しむ率が高いことが分かる。このクリニックの医師が良く言っていた。「この治療はアメリカで効果が確認されている」日本人の好きな常套句だ。抗癌治療により如何に患者が副作用に苛まれるか?医師は成果を求め、副作用を軽きに見る傾向がある癌は治ったが、その後をどうするのか?一方、BCG治療の辛さは筆舌に尽くし難い。性器の先から管を通し、注射でワクチンを膀胱内に注入する。両足が固定され、拷問にも似た治療。勿論麻酔なしで行われる。注入後は1時間トイレを我慢し、ワクチンが膀胱内に染み渡るのを待つ。膀胱がじわーっと熱くなり、重い疼痛が襲ってくる。私のように耐えられなくなり、治療途中で辞退する患者が多いのも当り前。尿道に管を通すのが痛いだけでなくワクチン接種により膀胱内が燃えるように痛くなるのは勿論、看護師の前でイチモツを晒し、性器に管の通す痛みに耐える姿を見せなければならない恥辱感がある。マゾヒスト、露出性癖であればいいが、残念ながらその気が私にはない。看護師が見ている。101匹わんちゃんに出てくるクルエラにそっくりだった。偶然に駅のホームで再会したことがある。看護師は私服を着ていると分からないものだ。どこかで会ったと思ったが、思い出せない。向こうから「また来て下さいと言われた。誰なのか?誠に申し訳ないが、2度と会いたくない看護師だった。クリニックがその後なくなったと公立病院の担当医師から聞いて初めて思い出した。私はこの治療を7週連続で受け、それでも癌細胞が消えないため、1週置いて、2週連続を2回、次は隔週で5回、効果を確認し、月1度になった。精神的にも肉体的にも限界がきていた。一回6,000円の治療は18回に及ぶ。この治療は通常2ヶ月、6〜8回である。治療を始めて8ヶ月、おかげで癌細胞は消えていた。もういい加減にしろと言いたかったが、医者は止めに半年更に続けようと言ってきた。何も言わず、微笑みを返し、ダマテンで逃げる決意を固めた。この苦しみを医者は分からない。この公立病院も手術専門の如きなので、私の面倒を見るのが怪しかったが、クリニックの過激治療を話し、飛び込んだら受け入れてくれた。経営者だった泌尿器科部長も公立病院を去っていた。私の担当医が代わりに部長になっていた。癌の再発が5年間なかったことが確認され、昨年9月に卒業となった。公立病院の割に治療費が高かったので助かった。癌の再発がないことのみを半年に一回診る。抗癌治療による副作用に対する治療は何もしなかった。慢性膀胱炎過活動膀胱による睡眠障害が私を苦しめた。夜、トイレに何度も起きる。体が冷える。布団も冷え切っている。震えが止まらず眠れなくなる。朝までまんじりともできない。慢性の睡眠不足が心を蝕む。集中力が途切れる。理由の分からない脱力感も襲っていた。全てにおいて投げやりになる。仕事に支障をきたした。今考えても定年までの1年半よく耐えたものだ。失禁倦怠感虚無感無気力、全てが襲ってきていた。抗癌治療とは癌を殺すと同時に自らを削ることになる。副作用という悪魔に取り憑かれた。更に追い討ちをかけたのが、小さくなった膀胱の隙間を埋めるかのような魔物の登場だった。

睡眠障害から逃れる術を探していた。会社を定年で退職し、職探しも諦め、山行きを楽しむようになって、ストレスがなくなった。ただ夜間頻尿だけはどうしようもない。心底眠りたかった。眠れれば何かできると思った。1年ほど前、血糖値を改善するクリニックに受診した際、処方された睡眠薬にハマった。ベルソムラである。夜2,3度起きるが、短い時間の睡眠が深くできた。この薬の良さは2度寝まで効くことだ。6時間効果がある。睡眠薬を求め、膀胱の状況確認も兼ね、近所の泌尿器科クリニックに通うことにした。初回の血液検査でPSAの数値が高いこと、正常値は4ng/ml(もしくは2.5ng/ml以下)が4.77ng/mlであった。前立腺が既に肥大が凄まじいとは指摘された。いつの間にか、頻尿が酷くなっていたのも真実だった。まさか、踏んだり蹴ったりになるとは。医者が言った。「切ることを前提に投薬治療をしましょう」前立腺肥大症に伴う排尿障害を改善する薬を毎朝飲む指示を受ける。夜は睡眠薬。要は経過観察のみだった。毎月、膀胱の容量を超音波で調べ、薬を処方する。対処療法のみで過活動膀胱慢性膀胱炎前立腺肥大に対して根本的治療の試みは全くなかった。何故か、急激に過活動膀胱が酷くなり、頻尿に更に苦しむようになった。原因は分からない。半年でPSAは1.64倍に跳ね上がった。1年間で0.8ng/ml 以上数値の悪化で精査が必要とされているが、半年で既に3.03ng/mlも上昇していた。トイレは日中10回夜間3回、1時間半に1回はトイレに行くようになった。正常な人は日中3回、夜間0〜1回、夢のようである。前立腺癌か、前立腺肥大か、判断を下すため、今年1月25日MRI検査を受ける。右上の映像を見てほしい。前立腺の大きさは正常であれば胡桃状で直径30mmほど。私のは65,2mm2.2倍、貧弱な膀胱を押し上げ、抗癌治療により萎縮した膀胱の3倍ほどになっていた。見事なハート型に育っていた。前立腺肥大が膀胱を刺激し、更に過活動にし、頻尿を悪化させたようだ。このクリニックに通っていた半年は何だったのか?クリニックの医師は手術をするのであれば削除する技術を持つ病院を紹介すると言ってきた。待ってましたと言わんばかりだ。こちらもこの医師から逃げる機会と思っていた。

この医師は当初より手術はHoLEPを前提に考えていたようで、紹介してきた病院もこの専門医だった。降って湧いたような不幸だが、一番に安全で、肉体的、精神的負担が如何に少ない手術とするか、自分で検討する。癌ではないので、致命的な病でも手術でもない。保険も効く。頼みとする生命保険の対象手術でもあった。時代と共に手術も進化する。ネットで調べると電子メスからレーザーへ、更にレーザーも切除から蒸散へと移ってきている。緑色ライトを使うPVP治療で、出血が少なく、4日ほどの入院で済む。再発が懸念されるが、その頃は虹の向こうにいるだろう。

生命保険で10万円下りる。健康保険で高額医療は57,600円までに抑えられる。後は保険適応外費用の差額ベッド代、病院食になる。後はこのクリニックの紹介してきた病院がPVP治療をしてもらえるかになった。電話で確認したところ対応できかねるとのこと。今は便利なことに、ネットで前立腺肥大症の治療実績が調べられる。どの病院が東京で一番前立腺肥大手術を行っているか?圧倒的に長久保病院になる。2022年度実績で237件と他を引き離して多い。何故だろうか?病院は国立の矢川駅から7分、個室7室を含む22床、泌尿器科に特化している。開院し22年ほど、けして新しくはない。PVP治療が専門とのこと。早速電話すると対応がいい。紹介状には院長名で提出して欲しいと言ってきた。費用は9万円ほどと言っていた。他は15万円ほどと言っていたので、コスト面のメリット、入院日数4日は、他が5〜7日と言っていたので、手術の手間、肉体的負担の軽さに魅力があるのではないだろうか?紹介状の書き換えにクリニックから千円ほど取られたが、自分の負担を考えると致し方ない。手切れ金になるか。長久保病院に初めて行ったのが2月9日。まだ寒かった。電話で予約し、午前11時に指定された。1階70名が座れるほどの待合室は老人で満席状態。おじいちゃんが9割。この風景は安心させるものだった。対応の良い病院でなければ気の短いおじいちゃんは来ない。時間が止まったような場所だった。往診には40分ほど待たされる。診断はすぐ、手術をいつするかだけ。最短で3月4日でどうですか?と聞かれた。自分の誕生日になるが、構わないのでお願いした。生まれ変わるにはGood Timingと感じた。前日14時に入って欲しい。上手くいけば3泊4日で帰れるとのこと。覚悟を決めた

3月3日は日曜日だった。南武線に立川駅で乗り換え、病院のある矢川駅を過ぎ、谷保駅に昼前に着く。谷保天満宮に向かう。2時には病院に着かなければならない。明日いよいよ手術。最後の短い娑婆の自由を味わう。梅を見るには遅すぎた。無事手術が終わるように祈るために来た訳でもない。折角、矢川に入院するのだから久しぶりに谷保の雰囲気を味わいに来ただけ。病院には歩いて行ける距離。途中ランチして最後の酒と美味い飯を食す。谷保天満宮は東日本最古の天神で、菅原道真が太宰府で亡くなった903年に三男・道武が、父を祀る廟を建てたことに始まるというが、道武氏が実際、三男だった史実はなく、この地に流刑になった子もいない。摩訶不思議な関東三大天神の一つ。他の天神が亀戸湯島とあまりにも有名で都会的な雰囲気があるが、この天神は野暮天の元になったと言われるくらい、地味で質素で目立たない。谷保は元々”や“と読む。”や“では野暮ったいということで”や“としたらしい。ただ谷保天満宮はやと読む。宮司に何故やなのか伺ったところ。から来ているのではと言われた。色々な説があって、どれが定かか分からないのが本当。近くで食事をしたのが千丑茶屋。3月一杯で店を閉じているが、雰囲気のある古民家レストランだったので残念。自家製コーヒー酎で贅沢なペペロンチーノを頂く。千丑とは昔の地名からで、流石、天神脇で、牛に因んでいる。病院のある場所は矢川、駅から西立川駅方面に向かうと矢川緑地がある。嘘か誠か?矢の如く早い流れから矢川と呼ばれたようで、その面影は今やない。用水路と見紛う小川が細々。国立の昔を残す風景になる。病院には住宅街をのんびり歩いて、矢川駅に近づくと道の左側に見えた。4階建の私立病院、これでもMRI、手術用ロボットを有しているから驚かされる。

日曜なので裏口から入る。受付で3階にエレベーターで上がるように指示される。3階全てが入院患者向けになっている。中央に看護師の詰め所。シャワー室も見えた。個室はトイレ付きで1泊16,500円、一流ホテル並みの宿泊料金だ。私と一緒に入院した方は個室だった。ちょっと見、格別お金持ちには見えなかった。私くらいのお年の方だ。3泊で49,500円はちょっと勿体無い気がする。勿論高額療養費対象外で自費になる。実際入院費は自己負担限度額の57,600円に食事代2,300円で計59,900円、これに個室代を追加すると109,400円。保険100,000円が下りてくるので、9,400円だけ掛かるに過ぎない。個室でも良かった気はするが、後の祭り。実際は4人部屋、2人が既に窓際に。お二人とも聞いてみると同世代だった。お一人は膀胱癌の手術を昨年末別の病院で受け、更にこちらで前立腺手術を受けられている。私に似ている。ただ、膀胱癌手術は初めてとのこと。私より苦しみは少ない。しかしPSAの数値が長年20以上だった由、これで良く前立腺癌ではなかったことに驚かされた。彼の手術は一昨日で元気そうに次の日退院された。羨ましい。私もかくありなんと思われた。実際、前立腺癌が怪しまれる数値は単なるPSAではなく、フリーPSA/トータルPSA比になる。いくらPSAが低くともこの比が高ければ癌の疑いが濃くなる。この後、生検を受けにこられた方がいて、分かった次第。もう一人の方は前立腺癌で全摘出されていた。それでも1週間入院して私と同じ日に退院された。とにかく傍目で見て苦しそうだった。私は入口近く、看護師から説明を受け、3時過ぎにシャワーを浴びる。4階から🗻が望められるようなので眺めるも見えず。病室から隣のマンション脇に🗻が夕日に照り輝きみえる。同室の患者さんが教えてくれた。早速上に行き外から拝む。朝また見に行こうとしたら看護師に見つかり屋上へ入るのはダメとのこと。屋上を開放すべきと思われた。がっかり。次の日に手術、下半身麻酔は手術室で院長自ら打っていた。大きな病院では麻酔医がいて見守るが、この病院ではそのようなことがなく、不安だった。この不安が後ほど的中する。手術は医師が手動でレーザーを動かし、膀胱下の尿道に沿って前立腺を蒸散させていく。出血の少ない手術と言いながら、やはり血は吹き出している。映像を見ながら、1時間ほどで終了。手術後も腰下感触がない。4時間。急にアレルギーが襲ってきた。鼻が詰まり、くしゃみが止まらない。更に喘息になった。酸素を入れてもらったが、尚息が苦しい。堪らない。6時間で足の感触が戻る、痛み若干。兎に角辛い、耐えるしかない。腹が張るのが堪らない。辛い。鎮痛剤投与で治ったが、喘息が堪らない。アラフィラキシーと後で分かった。半身麻酔剤にはキシロカイン1%5mlが使われている。これは副作用としてアレルギーを持つ人間にアラフィラキシーを起こす場合がある。私以外もこの麻酔剤投与でくしゃみをしている人間がいたのを覚えている。鼻と喉、両方苦しい、夜になってやっと夜勤医師からサルタノールをもらい事なきを得たが、看護師の態度に不信感を持つ。4人部屋なので静かにしろと言う。しかし、苦しんでいるにもかかわらず、何もしてはくれない。二言目には絶対安静と言ってベッドに寝ていろと言いながら、何も喘息に対し処置せず、医師の指示を待てという。苦しくて居ても立っても居られない。便意を催し、トイレに行ったが、これがまずかった。ステントがずれたようだ。性器の先が居た堪れなく痛くなった。ロキソニンをもらう。これで凌げればいいのだが…もう0時になる…堪らない一日になった…64回目の誕生日だった。また真夜中また喘息の発作、吸入して凌ぐ、尿管が外れているのか、ほぼ漏れる、寝るどころでは既になくなった…朝を待つしかない。看護師も逃げる、当たり前だ。代わりのおしめをもらえない。アメニティに金を入れてない…そりゃそうなのだが…もってこいと言っていなかったのが問題、ここの病院は患者を人として扱わないのが問題、糞尿にまみれて死んで行く、そう思えた。次の朝、担当医の院長にこの喘息に襲われた経緯を説明しても、環境が変わった所為にしたのには驚かされた。この病院では患者の自前の薬で賄うことを基本にしており、喘息のエアゾールも事前に準備すべきだったと言われたことに青ざめた。以前は使っていたが、吸入器なぞもはや使用せず、咳止めで十分だった。持参した咳止めではとても喘息に勝てなかった。半身とはいえ麻酔の怖さに改めて恐れ慄いた。医師が麻酔の副作用に対する意識を持っていたのか?甚だ疑問だ。患者に対し説明もない。8年前の膀胱癌の手術時、最後まで経緯を見ていたのは医師ではない麻酔医だった。麻酔の内容の説明も事前にあった。この病院では患者にとってのこの重要なインフォームドコンセントそしてアラフィラキシーに対応する処置を想定していなかった。既に朝一番でステンドが外された。自由になる。もはや鼻水も喘息も去っていた。ただ頻尿甚だし、放尿時の尿道の痛み耐え難し。1時間毎に尿意が襲う。寝ている間も襲ってくる。睡眠剤で短時間の眠りを深くするしかない。これは以前も同様ではあるが、1時間に1度のトイレは流石にキツい。シャワーを浴びいることができ、ホッとする。次の日、予定通り許可を受け、退院となる。医師からの指示はキツイ。3日間はシャワーのみ、10日間は酒、コーヒー禁止、自転車、登山、体への負担のかかる運動は当面禁止。但し、月末の旅行は大丈夫とのこと。手術から20日で痛みはなくなる。しかし相変わらず血尿、但し、痛み止め睡眠薬で久しぶりに5時間寝れた。画期的だ。

今回の手術で前立腺にポッカリ穴が空いた。膀胱が前立腺中央部まで広がったようだ。尿の溜まる量は増えたが、膀胱にコントロールする力がなくなり、したくなった途端、あっという間に出てしまう。尿が溜まり切る前にトイレに行かないと漏らす。ちょっとした下腹部の刺激でも尿は漏れ出る。逆に刺激を感じなければ、極限までトイレに行かなくて済む。覚醒を抑える睡眠薬、刺激を抑える痛み止めを寝る前に飲めば、夜間頻尿が抑えられることがわかった。問題は膀胱の内尿道括約筋の機能低下を外尿道括約筋で如何に補えるかになってくる。この筋肉は骨盤底筋であり、鍛えるしかない。頻尿との戦いもこれに依ることがわかった。

50歳以上で2人に1人は夜間頻尿に苦しんでいる。これが実際、寿命を縮める原因となっている。医者が夜間頻尿を諦めろということは患者の人としての楽しい生活を諦めろということだ。夜眠れない苦しみは耐えられるものではない。確かに死ねば、永久にぐっすり眠れるわけで、それまで待てというのが医者の言いたいことだったのかもしれない。医者が病を治すのは何のためなのだろうか?単に病を治すことのみに目を向けば、患者の肉体的、精神的、心理的負担を無視することになりかねない。病を治すことで、患者が生きていく限り、死の恐怖を味わわせることになってしまえば、この治療が正しいのか?医者が見るのは治療による短期的成果であって、患者のQOL自体を得てして無視していることが多い。QOLとは ひとりひとりの人生の内容の質社会的にみた生活の質』のことを指し、日常生活や社会生活のあり方を自らの意思で決定し、生活の目標や生活様式を選択できることであり、本人が身体的、精神的、社会的、文化的に満足できる豊かな生活を送ることを意味する。私が受けた抗癌治療が正に私のQOLの無視だった。医者は常に患者に対し、インフォームドコンセントを実施し、本来であれば最悪の場合アラフィラキシー等が起きることを説明し、対処する義務がある。前立腺手術ではこのことを無視していた。医者は常に治療の意図と意図に合わない場合が起きることを想定しなければならない。死の恐怖を味わうのは常に患者なのだから。

手術からほぼ1ヶ月経ち、残尿感もなくなり、眠りも深くなっている。あと2ヶ月で削り取った部分に新たな尿管膜が再生するのを待っている。そして薬なき深い睡眠が可能になることをひたすら願っている。6年間の睡眠を求めた戦いに勝利宣言する時がくることを今は祈るのみだ。眠ることは生きること、安らぎの時を取り戻すことだ。

参考資料:夜間頻尿 高齢だからと諦めない「頻尿」の原因と治療・放置は重症化のリスクも 頻尿(夜間頻尿)、尿失禁 膀胱がんの治療について 尿路上皮がんの治療の種類と副作用・合併症 特集「膀胱がん」 第1回 ~初発筋層非浸潤性膀胱がんとBCG療法~ 特集 膀胱がん 第2回「BCG抵抗性となった筋層非浸潤性膀胱がんの治療選択」 膀胱がんの薬物療法の副作用 外来でBCG膀胱内注入療法を受けている患者のQOL 前立腺肥大症の低侵襲治療“レーザー前立腺蒸散術”とは キシロカイン アナフィラキシーの症状のグレード(軽度・中等度・重症)について解説

投稿者: ucn802

会社というしがらみから解き放されたとき、人はまた輝きだす。光あるうちに光の中を歩め、新たな道を歩き出そう。残された時間は長くはない。どこまで好きなように生きられるのか、やってみたい。