
初めて、「虹の橋」という言葉を耳にしたのは数年前だった。可愛がっていたペットが「虹の橋」に行ってしまったと壮年の夫婦が仰っていた。話しの筋としては、亡くなったと言う意味かと思われた。その後も「虹の橋」の言葉を聞くことがあり、ペットが死んで、天国へ向かったと勝手に思い込んでいた。実際はもっと深い言葉と知ったのは自分がペットを家へ迎えることを決めた時だった。


65才を迎えたら🐕を飼おうと思っていた。還暦で定年退職し、この5年間、野には自転車、山には登山靴と十二分に走り、歩き回った。何も思い残すことはない。自分の人生を75年(父の亡くなった歳)+α(希望)としていた。いよいよ、”その時“が迫ってきている。🐕の平均寿命は14才、そこまでは生きたいと言うだけでなく、元気に生きる。🐕と一緒に余生を楽しみたいと思った。散歩し、花を愛で、山に登り、旅をする。自分が元気でなくては🐕と暮らせない。豆柴を選んだ理由はここにある。旅にはリュックに詰め、向かう。電車にもバスにも乗りたい。そして山へ向かう。日に2度の散歩、自分をも鍛える。様々な所に自転車で連れて行きたい。今までは1人気ままに訪ねていた所に🐕と一緒に。そして最後に「虹の橋」が待っている。この橋は🐕だけのものではない。実は、私も一緒に天国へ渡る橋なのだ。







「虹の橋」•••作者不詳の散文詩の主題として取り上げられ、1980年年代頃に作られたと考えられていた。この詩は、ペットを失った動物愛好家のあいだで広く知られるようになり、最初はアメリカで流布していたが、世界中に広がり、日本でもこの詩の原文や翻訳、またそのバリエーションも広がっていた。ところが1昨年の2023年にこの詩は1959年にスコットランドで当時19才の女性、エドナ・クライン・レキーさんが失った愛犬メイジャーのために書いたものと判明した。この詩の概要は下記の通り、
天国へと渡る「虹の橋」があります。
愛された動物たちは、この世に別れを告げ、この虹の橋の袂に辿り着きます。そこには緑の草原が広がり、多くの友達もいて、走り回り、思い切り遊べます。ぽかぽかと降り注ぐ日差しの下で美味しいごはんを食べ、綺麗な水を飲んでいます。病死だったり、寿命を全うした動物も、元気になり、活力に溢れています。怪我をしたり、不自由な体だった動物も、元の健康な体になり、生き生きしています。私達の記憶と夢の中にある、あの元気だったあの頃のように。
動物たちは、みな満足して安らいでいますが、1つだけ足りないものがあります。特別だったあの人がそばにいないのです。
ある日、あの子は急に立ち止まり、目を凝らします。キラキラ光る目が一点を見つめ、希望と喜びに体が震えます。突然、弾かれたように走り出します。草原の上を飛ぶように走ります。足が、もどかしく宙をかきます。早く、早く…
あなたを見つけたのです。
あなたとついに再会できたのです。固く固く抱き合います。もう2度と離れません。幸福のキスがあなたの顔に降り注ぎます。
あなたは優しく何度も体を撫でます。頭を撫でながら、信頼にあふれた真っ直ぐな目を覗き込みます。決して忘れることのなかった目を。
そして、あなたは虹の橋を渡り天国に向かいます。愛するあの子と一緒に。
虹を渡って天国に行くこと、そして天国に動物も行けること、これは従来の宗教にはない死の捉え方で、発想の元は、1939年公開された映画”オズの魔法”で使いで歌われた”虹の彼方に“ではないか?
私と同世代のハワイの歌手がいた。イズラエル・カアノイ・カマカヴィヴォオレ、彼は1997年6月26日 午前0時18分、愛する妻と一人娘を残したまま死去した。享年38歳。同年7月10日に行われた葬儀の日にはハワイ州旗が半旗掲揚となり、平日であったのにもかかわらず1万人以上が集まった。遺骨はハワイの海に散骨された。この様子がMVに流れている。彼の歌う”虹の彼方に“は涙なしでは見られない。虹の州ハワイならでは。ハワイは冬季驟雨が降り注ぐ、虹が発生しやすい状況を生み出す。🌈に逢えるとハッピーになれるとされている。私も数十年前、鯨を見に訪れた時、オアフ空港で早速🌈が迎えてくれた。この感動は忘れられない。
何処か、虹の彼方 青き空の遥か先
かつて子守唄で聞いた
思い描いた全ての夢が、
叶う場所がある
いつか、私は星に願う
目覚めると雲は遥か彼方に消えて
レモンの雫のようにすべての困難が
溶けてしまう
煙突を遥かに見下ろして
そこに私はいる
何処か、虹の彼方
青い鳥たちが飛ぶ
鳥たちは虹を越える
私だって一緒に越えられる

老いて死を迎えることは自然の摂理で、誰も抗うことはできない。今をどう生きるかが全てで、死んだら土塊に戻れば良い。問題は、死を迎えるまで、如何に苦しまず、楽しく、笑って、生を全うできるか。犬を面倒を見るのは大変ですよと心配する声が圧倒的に多い。もう私には親もいない。子も育った。時間は多分にある。借金はなく、物欲もなく、還暦まで必死に働いたおかげで死ぬまで困窮で苦しむこともない。長年の病気とも戦い、健全な体を得て、この年まで生き延びることができた。後は「虹の橋」をどう渡るかになっている。🐕こそ、この橋を渡る終の伴侶と見定めた。いよいよ明日迎えに行く。生の限り、最上で最良の愛をこの🐕に捧げたいと思っている。I love Joy forever and ever.
参考資料:虹の橋:歴史上最も影響力のある動物の哀悼文学の背後にある真実の物語 虹にまつわる話(神話・伝説・民話など) 虹の橋の詩はどんな物語?

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