🐕の瞳にこめられた想い

このかわいい瞳が許されているのは子犬だけ。構ってほしい、オヤツが欲しい、なぜ遊んでくれないの、言葉で伝えられないもどかしい想いを込めている。ジーッとただひたすら見つめてくる。寂しげ、物欲しげ、恨めしげに私の顔の表情の変化を推し測っている。この瞳は人との長い交流の歴史の中で育まれた信頼関係が生み出した。遠い祖先にあたる狼にこの表情はできない。この表情は犬が人と共に生きてきた証。瞳は飼い主を信頼し、信頼に応じた態度を求めている。柴犬は遠く縄文犬の血を引く、狼に最も近い犬種にもかかわらず、この瞳で人と会話ができる。この関係は7千年以上に及ぶ。大陸から縄文人と共にこの島へ渡ってきた。新天地で生きるため、相棒以上の深い絆があった。野山を走り回って、狩りを助け、夜は獣の襲撃から人を守った。正に寝食を共にする運命共同体の一員だった。縄文遺跡に犬は丁寧に埋葬されている。骨折した痕跡がある犬もあった。狩に出られなくとも一生大事にされ、生活を共にしていたことがわかる。

日本人が縄文犬と歩んできた歴史は全てにおいて平坦ではなかった。戦争もなく平和と言われた原始的縄文時代は、2,500年前日本を襲った寒冷化の波で瓦解する。替わって、大陸から弥生人が稲作と漁撈、精銅、製鉄技術と共に渡ってきて、今の日本の礎を築く。一方で、弥生犬を連れてくる。縄文犬は縄文人共々歴史の闇へと消え去る。弥生犬には3つの仕事が与えられる。猟犬、番犬、そして食犬。食犬は、鎮護国家を目指し、仏教の教えに沿う1,350年前肉食禁止令によって緩和され、350年前の徳川幕府による生類憐みの令で救われようになるも、現代に至るまでこの役割は変わることはなかった。太平洋戦争下、逆に国家が牙を剥く。軍用犬として戦地に赴かせる以外に、戦争末期には畜犬献納運動を展開し、ペットの犬を供出させ、軍服に使う皮革としようとする。戦後の食糧難では、殺され、食べられていた。日本において犬を殺すことが全面的に禁じられるのは1973年動物愛護法の制定まで待たなければならなかった。僅か40数年前だ。ただ、今も食犬は禁じられていない縄文犬はこの7千年どう守られ、生き残ったのか?そして2,500年前にやってきた弥生犬はどうなったのか?

私が上海の浦東に住んでいた20数年前、普通に街で犬は食べられていた。通りの市場には処理された犬が吊ってある。冬の定番が犬肉の鍋で、食べると体が暖まると薦められた。中国にいた9年間、ザリガニだって、タウナギだって、ロバだって、ウだって、間違ってトノサマガエルだって食べた。ただ、どうしても”狗鍋”だけは食べられなかった。今もって理由がわからない。見るのも嫌だった。中国人から何故食べないのか、何度も聞かれた。彼らを説得する理由は『昔、徳川綱吉という将軍がいて、犬を食べてはならないと御触れを出した。食べれば罰されるので、それから日本人は食べる習慣を捨てた』全ての中国人がこの話で納得してくれた。しかし、私はそう言い訳しながら、はたしてそうだろうか?と自問し続けていた。中国では2008年に北京オリンピックが開催され、2010年に上海万博もあって、こういった世界に際立つ食生活は都会を中心に消えている。しかし、基本的に犬食は消えることはないだろう。何故なら、食文化は民族のアイデンティティーにつながる。近隣の韓国やベトナムも残している。15,000年前、狼から犬を生み出したのが中国であり、漢民族の食文化だけでなく、あらゆる文化に犬が絡んでいる。漢字のけものへん”“は横たわる犬を表している。神に捧げる生贄としての姿だ。犬は神に通ずる神聖な生き物だった。犬を食することにより神に近づく。犬は9,000年前には既に家畜としている。中華圏にとって犬食は伝統だ。食文化は往々にして神聖な部分を等閑にして伝わっていく。犬食文化は韓国に8,000年前には伝わっている。ベトナムには遺跡は見つかっていないが、犬のルーツから中国の山岳民族に辿り着く。紀元前より犬は食べられていた。日本には2,500年前に辿り着く。しかし、その頃には既に縄文文化があった。犬を食する文化はなかった。この文化はアボリジ二がオーストラリア大陸に縄文犬と同じルーツのディンゴを連れてきたことと繋がる。縄文犬同様大事にされ、食べられることはなかった。不思議なことに中国に隣接するモンゴル人も犬を食べることはなかった。遊牧の民と漂浪の民。海にしろ、砂漠にしろ旅する民は、いつも危険に対峙して生きていかなければならない。身を守ってくれる犬という相棒を死ぬまで一緒にしていたのではないか。神に捧げず、同胞とし、終生を共にした。

日本人には、縄文の痕跡はもはや10数%しか残っていない。もはや80数%は弥生以降渡来した東アジア人が占めている。しかも縄文人は文字を持っていなかった。文化の伝承はできなかった。日本の歴史は全て、渡来人によって作られたと言って過言ではない。例えば、「犬も歩けば棒に当たる」と言う諺を、我々は、動き回れば何かあるものだと考える。これは思いがけない幸運かもしれない。しかし、韓国では、今も犬を料理するのに棒を使うことを知っていれば、一寸先は闇とわかる。日本においても犬を食べていた証拠に違いない。更に縄文系がまだ色濃く残っている地域の人に犬を飼う人間が多いかというとそうでもない。例えば、人口比で犬をペットにしている人間が多いのは四国で、香川が1位、高知が4位。三重県は2位、いずれも渡来人の多い地域。しかも四国は弥生犬の遺伝子を一番多く持つ四国犬の産地でもある。決して縄文人の遺伝子が犬好きにしている訳ではないことがわかる。すると殺傷を禁じた仏教の教えに従ったかというと、弥生時代から連綿と続いてきた犬食の歴史の理由がつかない。仏教に従えば、あらゆる肉食はなかったはずで、禁止令が度々出される訳がない。韓国を例に挙げると、日本より早く、仏教を受け入れ、肉食禁止令も数限りなく出していて、宗教心も日本人以上にもかかわらず、犬を食べることをやめることはできない。決して他に食べ物がないからではない。ベトナムも同様。日本人の犬への見方が、やはり終生の相棒としてきた縄文人やアボリジニと同様の7,000年に及ぶ慣習からしかないことに辿り着く。

私の小さい頃、飼っていた雑種の犬は、ほぼ弥生犬の血筋だった。耳の垂れた細身のどこか悲しげな赤毛の中型犬だった。必ず残飯を食べ、文句も言わず、庭に放たれていた。子供のおもちゃであり、家の番犬だった。チャッピーという名だった。私が小さい頃テレビで放映されていたアニメの宇宙少年ソランに登場する🐿️の名前から取っている。僅か数年我々と生活し、事故で車に轢かれて、天に召された。私はその頃小さく、記憶に余りないのだが、仕事に忙しい父より、実際は母が面倒を良く見ていた。散歩も食事も母の役割だった。母はこの犬とのたわいもない会話を楽しんでいたことを思い出す。今も亡き母と一緒に仏壇にこの犬の遺影が飾られている。母は亡くなる前も姉の飼う犬と仲良く暮らしていた。思い出すと、祖母の家にも犬はいた。犬は当たり前のように庭で寝ていた。これが日本の原風景だったに違いない。弥生犬は生き延びた。庶民は受け入れていた。洋犬であろうと受け入れて、雑種を繰り返しながら、時には迫害されようと。血統書なんて関係ない。これが弥生犬の生きた2,500年ではなかったのか。

柴犬は、現在、日本犬としては最も飼われているペットにも拘らず、天然記念物に指定されている。日本固有種として認められ、国として守るべき犬にも拘らず、一般国民に命が委ねられ、販売され飼われていることになる。戦前、国粋主義の一貫として、日本犬が見直された。犬は人に忠義を尽くす。忠犬ハチ公を思い出す。その頃、日本犬はペットとしての価値は低かった。人がペットとして求めるのは愛玩用で、日本犬のような地味で単なる番犬向きや猟犬気質は合わなかった。明治以降、ペット好きはほぼ洋犬に走った。洋犬は愛玩用に人為的に作られた犬だった。今もこの流れは変わらない。その頃の主な日本犬は弥生犬であり、血統書もへったくれもない。ただ庶民の生活の中にいた雑種の番犬だった。洋犬との雑種も進み、純粋な日本犬を問うのであれば、山間僻地に向かわなければならなかった。其処彼処に柴犬はいた。柴とは野山に生える雑木、言わばどこでも見かける雑草のような犬だった。だからこそ、2,500年の間、最も原始的な縄文犬の血は実に守られていた。戦争があった、敗戦後の食糧難があった。柴犬として最初に認定を受けた石州犬、更に越の犬もその後滅んでいる。それでも彼らは雑草の如く生き延びる。柴犬に不動の地位をもたらしたのは2000年代に入ってからだ。これは国に関係ない。国境を容易に越えるブログの力、正にインターネットミームの力だ。ネットを通し、世界中に柴犬の魅力が認められる。名もない女性が発信した映像が、見るものの心を動かした。この柴犬は育てたブリーダーの破産から、市によって殺処分を受けるところだった。メス犬、名は”かぼす“昨年5月に18歳で天に召された。しかし、彼女の肖像は今尚、世界中に影響力を持って生き続ける。ドージ(DOGE)の名の元に。🇺🇸でトランプ大統領の下、イーロン・マスク氏は今年、政府効率化省(Department of Government Efficiency)を立ち上げる。これはDOGE、シンボルは柴犬”かぼす“なのだ。柴犬の魅力をイーロン・マスク氏は理解している。人為的に作られることなく、原種の狼の血を守り続けて、7000年生き延びた犬であることを。

柴犬の平均寿命は14才、日本人の平均寿命が84才に比べたら1/6。ただ、1昔前は10年生きたら良い方だった。狼の平均寿命も10年に過ぎない。今はワクチンを何種類も打ち、生活環境、食生活の改善が進み、長く生きられるようになった。柴犬の寿命は年々長くなり、20才以上生きた例もある。犬の中では長生きの種族、世界で堂々3位に君臨する。死亡原因は腫瘍、神経疾患、心臓病、どうも飼い主たる日本人の一生をコンパクトに表している気がしてならない。私は膀胱癌で苦しんだが、柴犬もなる。前立腺肥大だってある。癌については猫以上に人間に近い。因みに猫が日本で飼われるようになったのは1,300年前で、犬に比べたら新参者になる。ナショジオによると、『シカゴ大学を初めとする国際研究機関から集まった研究者らは、ヒトとイヌの遺伝子を調べ、複数の遺伝子グループが何千年にもわたり並行して進化していたことを発見した。これら遺伝子は、食事や消化、そして神経学上の作用や疾病などに関連するものだ。』人と犬が如何に一緒に生きてきたかの証明になる。我が娘はフランスから帰ってきて、初めて、ペットの豆柴JOYに会ったのに、既に躾を始めたのには驚いた。我が家で犬を飼うのは初めてだった。手を傷だらけにしながら、会話を楽しんでいる。これこそ、日本における長年に渡って培われた人と犬の絆を証明している。私が死んでも娘はこの犬を守り続けるだろう。孫も次の孫も犬と共に生きていくことが目に見えるようだ。虹の橋を豆柴JOYと渡りながら、見つめていきたいものだ。

参考資料:犬が持つ4つのDNA情報を分析し犬種ごとに分類するとこんな感じになる 誰もが弱い「子犬のような目」 人との交流で進化 日本の獣肉食の歴史 犬猫を食べる文化は日本にもあったのか? 犬はいつ日本に来たの? 犬と日本人との長い歴史  動物たちにぬくもりを! 日・中・韓三国の言語における犬文化の考察 北朝鮮「犬は散歩する相手ではなく、食べるもの」犬肉食禁止法を制定した韓国との違い 犬を食べるのは残虐なのか? インドのナガ族「犬肉はごちそうだ!」 ⽇本のイヌの歴史 ゆかしき世界 イヌとヒトは共に進化した

投稿者: ucn802

会社というしがらみから解き放されたとき、人はまた輝きだす。光あるうちに光の中を歩め、新たな道を歩き出そう。残された時間は長くはない。どこまで好きなように生きられるのか、やってみたい。