老いて🐕と暮らす

豆柴JOYと暮らし始めて、はや10か月。8年前に亡くなった義父が終の住処とした築25年の家、1階にJOYが住み、吹き抜けで繋がる2階に私が寝ている。女房と娘は玄関で繋がる母屋に住んでいる。JOYの生活範囲は居間の10畳、ジョイントマットを敷き詰め、簡易フェンスで囲んでいる。マットは彼の寝床近くが剥がされ、水場は水浸しにされる。仕方ないので、ペット用の防水厚手シートでその上を覆うようにしている。フェンスは、何度も脱走され、その都度補強した。柴犬を室内で飼う難しさ、大変さを味わった。最近は、ここをテリトリーと認識したのか、マット剥がしも脱走もしなくなった。今の彼の体とジャンプ力を持ってすれば、楽に乗り越えて逃げられるに違いない。居心地の良さにやっと気が付いてくれたのだろうか。居間は南と西に面し、庭の奥行きがあるので、日当たりがいい。庭を一望し、季節の移ろいを一番感じられる、我が家の一番良い場所。義父もこの部屋の中央に椅子を置き、どっかりと座り、ブランデー片手に庭を眺めながら、日向ぼっこを良くしていた。JOYもまた陽の光を全身に受け、寝そべりながら庭を眺めている。私は吹き吹けから日々大きくなっていくJOYをただ眺めている。老いの楽しみはこれに尽きる。一人寂しく暮らす義父に一度、犬を飼ったら如何ですかと聞いたことがある。犬は子供の飼うものだと一蹴された。昔からそういうものだと思い出された。私は、敢えて、今年高齢者の仲間入りとなったにも拘らず、犬を飼うことにした。老いを生き抜くための道先案内とするためだ。神の使いだった狼に最も近い柴犬こそ、死出の道を歩むために適役に違いない。豆柴を選んだのは可愛さゆえだ。最後には、豆柴JOYと楽しく、いつもの通り散歩するように、虹の橋を渡ってあちらの世界へ行きたいと思っている。

豆柴JOYが我が家にやってきたのは、生まれて2ヶ月目、桜が満開の春爛漫の4月初旬。私と女房と娘で霞ヶ浦近くのブリーダーさんの所まで迎えに行った。小さくて、僅か1kgほど。片手に収まる。車の中、JOYは私の懐にただ収まっていた。静かで、大人しい子だった。犬はワクチンを全て終えないと外へ出せない。来てから2ヶ月半を家の中で彼は鬱々たる生活を送った。その間、がっしり食べ、部屋じゅう跳び回って、あらゆるものを齧り、傷つけ、放っておくと粉々にしていた。紫陽花が咲き乱れる梅雨の6月中ば、散歩ができるようになって、外へ出ると、そこらじゅうを嗅ぎまくりながら、歩き回る。あの頃は月に1kgは大きくなっていた。散歩は朝と晩、それぞれ1時間では済まなかった。基本、朝は私が、晩は女房と娘で分担した。梅雨が明け、夾竹桃の咲く暑い夏が襲ってきた。散歩は朝5時からになり、晩は夜の8時過ぎからになった。勿論、雨の日も風の日も。夏も過ぎる頃、やんちゃでどうしようもなかった行動も落ち着きを見せ、顔つきも凛々しく、もはや豆柴と言えない、9kgに迫っている。見事な柴犬へと変貌を遂げている。もはや片手でなんか持てない。犬用リュックからも首から上が飛び出している。何せ抱き上げるのにもズシっとくる。いつの間にか、立場が逆転し、私の方が仕え、犬はお犬様になっていた。短くなった秋から燕子花咲く冬へ、もはや豆柴とは呼べないほど、JOYは大きくなった。若干遅くはなったけれど、去勢手術を受けてもらうことにした。これはJOYには申し訳ないが、彼のみを終生の友として生きてもらうことにしたからだ。私には残された時間がない。手術の前日病院に連れて行った。檻の中、悲しく鳴き声をいつまでも病院中に響かせていた君を置いてきたことが何より辛かった。

私は60歳で定年退職し、そのまま仕事にも就かず、65歳に達した今年3月から年金生活に入った。この間、生活の糧はほぼ退職金や満期になった保険を元にした預貯金が支えになった。借金の返済は50歳で終わっている。何とか犬を飼い、養うだけの貯蓄を残せた。一昨年母を亡くし、父も既に世を去っていて、人生の恩返しも終了した感がある。親しい友人以外、親戚であっても連絡を取り交わすこともなくなった。家族はそれぞれ自立し、負担も負債もなくなった。50代に苦しんだ癌も治まり、昨年は目や前立腺の手術があったが、無事乗り越えた。当座の死の恐怖は拭えた。一方で、義父から引き継いだ終の住処の身辺整理も終え、蟄居部屋とした。ここで、人生の坂道をゆっくり下りて行こうと、一人、気ままに隠居生活を送っている。コロナの所為もあり、ほぼ他人と接することもなく、家にいれば、誰とも話すことのない日々を暮らしている。この時間は穏やかで、波風の立たない死出の道に相応しいとも思っていた。もう思い残すこともない。やりたいこともやった。ただ、死の床に着くまでは、せめて、与えられた生を楽しみたい。常に前を向いて生きていたかった。生を実感できる場所が必要だった。それが山だった。山はまさに天国に近い。数年前から、一人山へ向かい、富士山の見える眺望を堪能している。足が動く限り、山を歩きたい。老いは何れにしても体力も気力も智力も奪っていく。山に登れなくなる時は来る。しかし最後まで安全、安心、確実に山へ向かいたい。犬を飼いたいと思ったのは、そのためだった。あと15年、80歳までは山へ向かいたい、生きたいと思った。丁度、犬の寿命と重なる。

豆柴JOYは今はまだ子供、とても山行きは無理。散歩から公園散策、ドッグランと徐々に外の環境への適応能力をつけていかなければならない。山で迷子になれば、取り返しつかない。山ではお互いの命を守るために一心同体でなければいけない。山で拒否柴は許されない。あっちでクンクン、こっちでクンクンも許されない。日暮れ前に下山しなければ命にかかわる。柴犬は1才で成犬になる。成犬になれば、落ち着き、飼い主への忠誠心が強くなると言われている。後もう少し、経験を積ませ、指示に従って行動する範囲を広げたい。JOYは基本的に社交的で、礼儀正しいので、このまま大きくなってくれれば良い。一方で、私自身の健康こそ問題だ。成長する犬と朽ち果てていく私、老いによる心と体の衰えは否めない。体力、気力、智力も維持していかなければならない。今まで以上に体に気をつけている。特に7年もの間、苦しんできた頻尿と睡眠障害との戦いだ。対処療法に頼ることを止めた。睡眠薬と鎮痛剤が腎臓機能の低下を引き起こしていたことが分かった。止めて正解だった。頻尿の改善は血糖値を下げる食生活の見直しと薬で戦っている。毎朝のJOYとの散歩がいい運動の習慣になっている。何よりJOYといることで心の癒しになっている。JOYの顔を見ていいるだけで、自然に笑みが溢れてくる。老いを迎えた人間が犬を飼うことによる効果が今、私の心と体にも現れてきている。今までにない声が響く。そう、老いに屈せず、生きよとの声だった。犬と暮らすとこうも変わるのかと実感している。JOYとの生活で、確かに私の生活は劇的に変わった。

東京都では60歳以上には保護犬を譲渡しないことになっている。これは高齢者が譲渡した犬を最後まで面倒見切れないとされているからだ。確かに、犬を飼った以上は、命が尽きるまで責任を負わなければならない。これは義務だ。高齢者にその責任を負えるのかという疑問符がつくのは当たり前だ。人間、歳を取れば、要介護の道へ突き進んでいく。年金生活に入れば、犬の面倒を見る経済的余裕もあるまい。身の回りの生活もままならなくなれば、家を売り、都営住宅や施設に入り、犬も飼えなくなる。そんな年寄りに犬を渡せるか。至極もっともで耳が痛い。この常識的な話に逆らって、更に高齢者の仲間入りしたばかりの老人が犬を飼うのは何故か。年寄りの冷や水は良くない。終始ごもっとも。しかし、定年まで精一杯働き、借金を返し、子育ても介護も終えた。歯を食いしばって生きてきた。海外で危ない橋を渡ったり、病気で死の淵を歩んだこともあった。何もかもなし終えて、安らぎの世界に入りたいと思うのは当然ではないか。これこそ老人の特権。人生の終着点まで、残された時間は決して長くはない。犬と生きることこそ、人生の安らぎを得る最良の手段ではないのか!と粋がってみても、実際、犬を飼うにあたっては、家族の合意があって初めて可能だった。老人にとって、命の終わりは突然訪れるお客のようなものだ。突然訪れてきて、天国へと連れ去っていく。これは避けられるものではない。万が一、私に何かあったとしても犬に迷惑をかけられない。必要なことは家族の支えに他ならない。幸せなことに、家族全員で豆柴JOYを迎え、皆で楽しく面倒見ている。豆柴JOYと虹の橋を渡るまで、山を一緒に堪能できるようになれたらもっと幸せだろう。あともう少し。

投稿者: ucn802

会社というしがらみから解き放されたとき、人はまた輝きだす。光あるうちに光の中を歩め、新たな道を歩き出そう。残された時間は長くはない。どこまで好きなように生きられるのか、やってみたい。

老いて🐕と暮らす」に4件のコメントがあります

  1. { font-size: 13px; font-family: ‘MS Pゴシック’, sans-serif;}p, ul, ol, blockquote { margin: 0;}a { color: #0064c8; text-decoration: none;}a:hover { color: #0057af; text-decoration: underline;}a:active { color: #004c98;} 山路 さん

    ブログのご案内 多謝‼ 早速拝見‼

    Joy大きくなりましたね‼

    綺麗な富士の動画も堪能‼ 感謝‼

    ☚ 東京都は60歳以上には 犬の譲渡は出来ないのですか⁈ 初めて知った‼

    去勢は正解では⁈ Joyは居間族の“贅沢モノ”で、幸せですね‼

    来週からは本格的寒さの師走入り。 お大事に‼  お元気で‼  菅 野

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    1. 菅野様、コメント頂き、ありがとうございます。JOYはここに来て成長が止まりました。それでも9kg近くなって、重くて大変です。餌の量も以前に比べると減っています。先日の去勢手術で、大人しくなり、余りに静かになったので、逆に心配しています。すっかり居間に慣れ、日向ぼっこを常としています。幸せそうです。暗く、寒い朝6時の散歩にも私はなれましたが、JOYは慣れず、早々に家に引き上げるようになりました。去勢後の体重増が心配になっています。

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      1. { font-size: 13px; font-family: ‘MS Pゴシック’, sans-serif;}p, ul, ol, blockquote { margin: 0;}a { color: #0064c8; text-decoration: none;}a:hover { color: #0057af; text-decoration: underline;}a:active { color: #004c98;} そうでしたか⁈ 去勢すると、大人しくなるのですか⁈

        ☚ ひょうとして、人間も同じ⁈ 昔 女好きの御仁に そんな話があったことも。  笑

        1キロ近いと、重いだけに、何をするにも大変でしょうね‼

        ☛ それでも、大人しければ、まだなんとかできるのかな⁈‼

        無理されずに、仲良く‼‼  お元気で‼  菅 野

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