先ず足元を見よ

山に登るとは常に上に向かうことだけではない。先ず足元。一歩間違えれば奈落の底。足元を確保してこそ登れる。上に登るには眼下が重要となる。山が険しくなればなるほど足元が重要となる。登るとき、体重を支えるのは一本の足。もう一本は前に踏み込むため浮足になる。先ず一本の足元がしっかりしていなければ次の一歩が出なくなるばかりか最悪真っ逆さま。死がお待ちかね。

コロナ禍が遠くへ向く目を足元へ戻した。先ず足元を見よ。私の住む東京は日本の総人口の11%が住む言わずと知れた日本の首都だ。しかし、遠くなかなか行けない島嶼部を除いたとしても実質25%は緑溢れる山である。コロナ禍の御蔭で気が着いたのだが、魅力ある山々が連なっている。八王子、あきる野、青梅の西部からは山山山である。しかし東京の山と侮るなかれ。舐めて掛かると火傷する。

あきる野市から檜原村に跨る戸倉三山は特に厳しい。刈寄山と市道山と臼杵山の連山。標高は差して高くはない。臼杵山の842mが一番高い。しかし、ここが東京かと疑ってしまうほど、岩山が連なっている。何が辛いのかと言うと岩山の登り下りだ。これでもか、これでもかと続く。しかも一度入ると抜け出せない。蟻地獄のような一本道で山と山を繋いでいる。登山は高さと距離のみで辛さは計れない。登り下りの頻度がものをいう。また登るのか、また下りるのか、この繰り返しで精神的に参る。これが戸倉三山の厳しさだ。驚かされるのはこの三山が東京西部の山々の入口にあることだ。入口で最早東京の山が舐めたもんではないことを思い知らされる。一度登ったものが二度と登りたくない山の一つとしてよく挙げられる。

私は今年2020年10月25日八王子の今熊山から登った。景色が好いのは今熊山まで、後は只管このあきる野市戸倉の三山と向き合うことになる。会えば気分が晴れる山女に一度も見かけることはなかった。余程魅力のない山と自ずと知れた。この三山から途中逃げられるのは市道山から嫁取坂で笹平バス停に下りるのみなのだが、山頂で黄色いテープで封鎖されていた。市道山から臼杵山に向かう途中でお会いしたお爺さんグループがこの道を目指されていたが、どうされたのか気になる。結果として私は昼食休憩も摂らず、16時過ぎのバスに乗るため、檜原村の元郷に下りた。荷田子の温泉に入る当初の予定は吹き飛んだ。秋になると17時が山歩きの限界だ。暗くなると道が分からなくなり、街灯なんて無い山では、暗闇との闘いになる。最悪山で一夜を過ごさなければならなくなる。夜の山は寒くなり、汗で体温を下げた身に過酷。山の怖さだ。暗闇で聞く鹿の鳴き声の恐ろしさは聞いたものでなければ分からない。暗闇の中で足元は見えなくなる。一歩間違えた時致命傷になる。私は登山で無理はしないが、下りるときは別である。走るメロスになる。山の中では日はあっと言う間に落ちていく。

我々の足元日本を見ていこう。コロナ禍の中で、経済は最悪の状況に陥っていくであろう。国境を越えて経済の立て直しを図ることが急務だ。先ず足元を見よ。全ての恩讐を越え、近隣国と相携えてこの苦境を乗り越えるべきだ。強固な経済共有圏を構築すべきだ。あらゆる領土問題、戦後補償問題をドイツのように一歩引いて解決せよ。乗り越えて経済の立て直しに向かうこと求められる。対立していては解決策は見いだせない。 老子の名言がこの国には必要だ。「取らんと欲する者は先ず与えよ」、「上善は水の如し。 水は善く万物を利して争わず」島国たる日本は外交の国となるべきだ。広大なシーレーンや海域を守ることは実質不可能だ。国防に無駄な費用を投じるより、平和外交によりミサイルの撃たれない国を目指すべきではないか?これこそオリンピックの成功へと導く唯一の道だ。全ての問題の解決をパワーポリティックスを優先させるアメリカに頼るのではなく、自らを律する国となるべきだ。早く戦争を終わらせてほしい。敗戦後75年、旧領土で実際戦争は終わっていないことを自認すべきである。旧領土に平和をもたらす責任を痛感して欲しい。この国が暗闇の中で足を滑らすことが二度とないように。

Pitié

わたしたちの神に帰りなさい。 豊かに赦してくださるからである。 イザヤ 55:7,旧約聖書

彼らはそのつるぎを打ちかえて、すきとし、そのやりを打ちかえて、かまとし、国は国にむかって、つるぎをあげず、彼らはもはや戦いのことを学ばない。イザヤ 2:4,旧約聖書

何故いがみ合うのか?何故赦せないのか?いがみ合う先に何があるというのか?そして何故自ら死に向かうのか、日韓民族の中に不思議な共通点を感じる。いがみあい、赦せない、行き場のないストレスの先に自らに死を課してしまう。共通点は自殺率の高さだ。精神的心理的な負のスパイラルに陥ると最早抜けきれなくなり、自殺へと向かう。他人を赦せない人間は自分までも赦すことができない。自らの死が最終的な安らぎとする。しかし、何故自からの死に向かうのか?他に道は残っていないのか?死を選ぶ理由は何処にあるのか?この民族に共通の独特の死生観があるのか?いがみ合いを止める道はあるのか?お互いを赦すことをできるのか?

宗教を信じるものは自殺しないという。現にイスラム教徒の自殺率は低い。キリスト教徒も仏教徒も然り。命は神から与えられたものとする。命を粗末にするものは神への冒涜である。神の名の元に死してはいけない。自殺も他殺も否定される。しかし宗教だけが人を救うものだろうか?宗教の名の元に現に殺人は行われている。国家間の戦争にも見え隠れするのは宗教対立だ。ある宗教が正とすると別の宗教は正ではなくなる。お互い信じる神以外は許せない。そこに正当性を求めた宗教戦争が生まれる。危険な対立となる。同じ宗教内でも対立は生まれる。シーア派とスンニ派、正当性を求めると話がややこしくなる。更に言えば、イスラム教もキリスト教も聖地は一緒である。同じ神より生まれたと言っても過言ではない。何故いがみ合うのか?の問題は戻っていく。

医師が語る、3月に自殺者が増えるのはなぜ? (3ページ目):トピックス:日経Gooday(グッデイ)

死に寛容な宗教は自殺を敢えて否定していない。仏教がそうかもしれないが、苦しみを救うことこそ仏教の目的であり、究極の形に死がある。安易な死は否定される。やはり死に走るのは無宗教の人間に多いとなる。韓国、日本ともに似ているのはイスラム教、ヒンズー教、仏教とも全てではないことである。神道を含めた原典や教条なき信仰が約半数を占めている。アニミズムである。ここに自殺の誘惑が入り込んでくる。この信仰に自殺への明確な否定を示すものはない。死の誘惑に対し歯止めがない。個人の問題にされる。自殺をするかしないかは個々の考え方に頼るしかない。

  韓国の宗教

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    日本の宗教

故人や遺族を最大限尊重できて葬儀費用も安くなる無宗教の葬式方法と注意点

宗教は経典を通し、明確に人の道を示し、社会における人間の在り方を説くが、信仰にはそういったものはない。全て個々の問題に立ちることはない。普遍的な正義は混とんとした中にある。救いは何処にあるのか?宗教は救いを求めたものに道を与え、信ずるものに魂の平和を与える。神道は信仰であり、宗教とは言えない。経典無き祝詞のみ、正に空の世界である。尚、お賽銭は仏教からきている。鳥居もまた然り中国でも韓国でも同じようなものがある。けして日本独自のものとは思えない。神道は民族のための信仰である。個々の魂を信仰によって癒すものではない。自ら死すことを否定させるものではない。神に祈っても神は何も教えない。ただ自ら答えを見出していかなければならない。神はただ黙って見ているだけである。

原点にもどるべきである。朝鮮半島と日本、国境に関係ない同じ文化圏であった。国境ができたのは高々160年である。お互いの文化の交流は1600年以上である。朝鮮半島なしで今の日本の文化はありえない。理解しなければならない。恩讐の彼方に何が見えるのか、本来のあるべき姿だ。越えなくてはいけない。お互いを認め合い高め合うこと。差別ではない、違いを認めた上で、もっと上なるところへ高め合う。もっと言おう、分断されているのは朝鮮半島だけではないモンゴルもである。責任は何処にあるのか?旧宗主国たる日本である。世界中で分断された残された国はこの2つである。どうすればいいのか、日本は考えなければならない。責任を感じた上で何ができるのか?この二か国に平和をもたらすことを考えなければならない。拉致問題、領土問題、徴用工問題、慰安婦問題、これを解決するのはアメリカではない。日本自らである。本来の歴史勉強をもっと海外との関係で見直さなければならない。何故このように問題が拗れたのか、今一度冷静になって考え直さなければならない。何故原爆が落とされたのか、原因があって結果がある。胸に手を当てて過去を反省し、どうすれば東アジアに平和が来るのか、考えなければならない時が来ている。

自ら死を選ぶ精神的心理的負のスパイラルを乗り越えるのは民族の融合が必要だ。助け合う本来の姿に戻り乗り越えなければ解決にはならない。宗教には頼らず、本来のウラルアルタイ語の文化圏としてお互いに助け合わなければならない。敵対に解決を見出すことはできない。差別に平等な関係は見いだせない。奈良のナラは韓国語で国を表す。日本で一番多い八幡神社は遠く朝鮮から来た神を祀っている。この事実を冷静に受け止め、日本民族の歴史を今一度見直す時期に来ている。日本も韓国も本来死を自ら選ぶ民族ではない。現状に行き詰まっているからに死を選んでしまうに過ぎない。宗教を越える共通の民族としてお互いに理解し合い、朝鮮、モンゴルの問題に話し合っていくべきだろう。コミュニケーションこそ平和への唯一の道なのだ。

幸せ

幸せとは目に見えるものとは限らない。目に見えないところに寧ろ隠れていることが多い。「愛、喜び、笑い、感謝」といった肯定的な感情にこそ幸せはあるという。そう全て個人的価値観の中に幸せは存在する。幸せになるとはこの自分の理想とする価値観に少しでも近づくこと。しかもこのプロセスの中にも得てして幸せは隠れているものだ。これは頭の中で描いた絵である。正に想像の中である。理想の絵を頭に描いて悦に入る。これが幸せなこと。

球根を85個買った。チューリップもあれば水仙もある。他にもアリウム、イフェイオン、ホメリア、ワトソニア。我が家の庭に植える。庭の絵を描き、何処にどの球根を植えるか決めている。これだけあると植えるのは勿論疲れる。球根や土、肥料に全部で5千円も使っている。三つの店を回りかき集めた。全く無駄な投資ではないか。全く自分のためだけに費用と時間と労力を掛ける。何も生み出す訳でもなければ、ましてこれにより美味しいものが食べられたり、利益をもたらしてくれるものではない。一つ一つ土を掘り、肥料を少々捲く、球根用の柔らかい土を入れ、球根を埋めていく。85回。全て来春のための作業だ。球根は種と違い、決まった時期に花を咲かせてくれる確率が高い。冬の寒さに耐え、早春に芽吹き、花を咲かせる。今咲いている花々は凡そ冬には枯れ一旦土に戻るがまた夏に蘇る。早春は従って寂しい。そこを見越し、球根を植えていく。庭が寂しくなるときに今手を打つことが球根を植えること。しかもこの球根は毎年咲いてくれる。この労力は少なくとも5年間を見越した投資となる。美への投資と思えば如何。花は美であり、春を迎える喜びである。花の美は季節に応じ移ろうがまた蘇るところがいい。

我が家は勿論オランダのキューケンコフ公園でもなければ、日本の昭和記念公園でもない。しかし、私一個人の空間にとっては同じ価値上にある。私の空間は限られており、一人占めできる空間が大きくなる必要はない。小さくても自分の美というものを満足させてくれればそれで良い。人はそれぞれ自分の空間を持っている。この空間を満足させれば良いのではないか。それはけして庭である必要はない。窓辺やベランダ、部屋、玄関、あらゆるところに自分の欲する美の空間を設けることが自己満足につながる。これは金銭的価値観とは掛け離れた自分の価値観を満足させる幸せの空間。

幸せはけして遠くに思うものではない。自分の間近に感じること、自分のできる範囲内にそしていつも心の中にとっておくもの。自分を大事にする人は幸せを感じやすい人なのではないか。幸せと言う言葉はなんて暖かい言葉なのか。私は自分の感じる美の中に、そして身近な花や木やそして庭の中に庭を訪れる鳥の声に風の音に幸せを求めていきたい。これは小さな幸せ、けして仰々しいものであってはならないと思う。

平和への想い

幸いなことに私は戦争を身を持って経験したことも、戦火に見舞われたことも、戦争のために人を殺めたことも、殺戮の場に立ち会ったこともない。もう戦争に引っ張り出されることもあるまいが、巻き込まれる可能性はある。戦争は突拍子もないところから起こり得るからである。若いころはまだ戦争の傷跡が至る所にあった。街中には傷痍軍人がアコーデオンを弾きながら金銭的援助を求めていた。両親も戦争の経験をよく話していたし、テレビでも戦争の検証番組も多かった。反戦を訴えるデモもあった。私もデモに参加したことがある。戦争の匂いはまだ身近に残っていた。ソ連が北海道に攻めてくる話もあった。時の流れ、人の変遷、経済成長と豊かな生活が戦争の記憶を風化させた。

日本では今まで75年間、他国と戦争をせず、戦場になっていないアジア唯一の国だ。これは戦争を放棄した戦後の憲法によるものと言えようが、そればかりでもない。日本は国連たる米軍から監視され、勝手な行動ができない。野放しすると怖いと見られているのか、中露に対する前線基地と見ているのか、寧ろ日本の要請にも拠るものか、動こうとしない。もう75年である。一方で、虎の威を借る狐よろしく日本は平和国家を標榜している。米軍の在留経費をほぼ補っており、一蓮托生と見て構わないのでは。米国は世界一の軍事国家である。この75年間の戦争にほぼ関わってきた国だ。以前北方領土を取り戻すためにロシアと戦うしかないと酒の勢いで元島民のお爺さんに絡んだ議員がいるが、自衛隊は独自でまず動けない、米軍は黙っていない。敢えて言えば、朝鮮戦争の二の舞になる。世界に展開する米軍45万超のうち1割強は日本におり、東京の横田基地には国連軍の武官も駐在している。国連の監視下にある。朝鮮戦争、アフガンにおいて戦争状態にした国連軍は米国主導の軍隊だ。

平成24年度版防衛白書より抜粋

何故こうなったか、実際、日本は75年前戦争に負けた。先の米国大統領が述べた悪の枢軸国と言う言葉にピンと来た人間は多くはあるまい。日本は枢軸国側として連合国側と戦い第二次世界大戦で負けた。今でも枢軸国は国連にとって有無を言わさず軍事的制裁の対象となっている。戦後秩序は連合国を中心に動いている。英国、米国、中国、今のロシアである。国連とは連合国であり、元枢軸国は今も監視下に置いている。日本が勝手なことはできないようになっている。このことを憶えておかなければならない。自主憲法をと言うトップがいるが、身の程を弁えなければならない。戦後秩序は今もここに成り立っている。

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一方、この調子でいけば米国という名の連合国管理下、安寧に過ごせるではと言うと俄に信じ難い。虎の威を借りていても所詮、狐は狐。虎の権威が落ちれば単なる狐に成り下がる。米国は大戦後明らかに勝った戦争はない。いつ権威が地に落ちるか分からない。世界はアメリカが思っているように動いている訳ではない。遠くの親戚より近くの友人というように近隣と仲良くすべきなのにできないのが日本である。いざこざが絶えないのは何故か?連合国たる国連より権限を持っているのは個々の国である。国の権限の方が国連より強い。従って国連が何と言おうと個々の国の決定に従う。朝鮮戦争は国連軍が北朝鮮及び中国に駆逐される結果になっている。個々の国はそんなにやわではない。

2018年6月11日朝日デジタルより抜粋より抜粋

日本はまず今からでも過去をきちっと清算することだ。近隣諸国に対し戦争の歴史を検証し、その上に立って主観的ではなく客観的に判断、対処すべきだ。けして外交関係に感情も持ち込んではならない。相手の立場になり踏み込んでみることだ。殴られた人間は殴られたことは忘れない。殴った人間は得てして殴ったこと自体を忘れる。自己正当化、自己防衛バイアスである。相手に対し、一歩引き、相手を立てて話し合うべきだ。忘れてはいけないのは先の戦争で一番死んでいるのは旧ソ連ロシアである。日露戦争、第一次大戦後のシベリア出兵(ロシア内植民地化)、ノモンハン事件(ハルハ河戦争)、戦争の歴史が壁として残っている。朝鮮半島は日本が35年に渡り領有している。ロシア、朝鮮が日本を領有した歴史はない。

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まず清算すべきは日本にとって一番の紛争地域である朝鮮半島であろう。平和の構築は朝鮮半島からが基本だ。元の自国である。個人の訴えを現政権に政治的に利用されない。事実確認の上、きちっと補償すべきだ。慰安婦問題、徴用工問題も個々に事実確認し補償すべきだ。けして自ら運営する団体以外に政府から金を渡すべきではない。金は更に金の要求を生む。然し解決にはならない。個人を元日本国民として対応すべき。客観的事実確認の上での個人補償が平和のカギになる。くれぐれも政治に流されない。韓国人への原爆補償が参考になろう。北朝鮮に帰った人々にも被害を被った人には事実確認の上要求に応じ支払うべきだ。人的交流の拡大、相互留学生優遇も視野に入れなければならない。韓国も日本も人口は減少に転じてくる。北朝鮮の優秀な人材を発掘、育成し、広域文化交流を実現すべきだ。草の根交流の実現こそ重要だ。日本の文化は朝鮮半島経由で大半がやってきたことを忘れてはならない。朝鮮半島の遺跡を更に検証すれば新たな日本の文化の流れが分かるはずだ。朝鮮半島の和平は日本の防衛費の無駄な出費を減らせるばかりでなく恒久的なアジア全体の平和につながっていく。ここを重視すべきだ。朝鮮人も日本人も一番近い人種、文化圏といった目が必要だろう。相互の言葉を勉強し、お互いの文化の違いを理解し尊重し合うことが重要だ。1千年前の交流はより密であったことを思い出すべきだ。

領土問題は費用対効果で判断すべきで、保有する意味を再考すべきだ。自国民は確実に減る。紛争領土を維持する費用に対して効果はどのくらいあるのか、冷静に判断すべきだ。国家の三要素は領域、人民、権力である。領土は国家の基本になるが、保有すべきか否かは維持費用次第になる。時代は変わっている。漁業権で維持する経費は補えるのか?資源の採掘費用は?どのくらい利益が上げられるのか?住民に還元できるのか?自国に紛争地域を持つことによる警備費用はそれに見合ったものなのか?日本は広大な海を保有する。今持つ海の開発こそ先行すべきと考え直す時がきたのではないか?自国に紛争地域を持たないことは平和を維持するうえで最も重要なことである。しかも人口は減っていく。領土にこだわる必要があるのだろうか?頭を冷やして考えるべきだ。領土問題より早く講和の機会を重視すべきで経済優先に転換すべきだ。時代は変わっている。領土問題を政治的に利用することは止めるべきだ。元々領土確定の意味はそこに住む人間から税金を取り、福祉で返すことから必要なのである。住んでいる人間が帰属を希望しなければまたこれも紛争の種になってくる。無駄なことは止めた方がいい。住んでいない地域であれば、維持経費で考えるべきだ。住民に紛争地域の維持経費を払うことの無駄を説明すべきだ。200海里問題は資源開発、維持運用経費を見ていない。単なる陣取り合戦であれば無駄な経費を生むだけである。

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拉致問題については、何故このような事件が起きたか、考える必要がある。北朝鮮も元の自国であったことを忘れてはいけない。腹を割って話し合いのできる環境を整備することから始めるべきだ。政治家は拉致問題の解決優先というが、個人の問題より政治が優先になるのは自明である。奪われた個人より飛んでくるミサイルの方が優先される問題になる。脅しで人間は本当のことは言わない。信頼関係の上で本当の話は出てくる。これを理解すべきだ。早く相互理解できる土俵に上るべきだ。このままでは永久に解決せず、不信感の中で埋もれていく。人より国家が優先されてしまう。国防の前でちっぽけな人権は優先されない。ごまかされてはいけない。

古い国家観に縛られることが平和を否定することにつながる。恒久的な平和は武器では生まれない。恐怖政治を生み出すだけだ。相互理解と人的交流で平和は初めて可能になる。草の根からの平和、力に頼らない平和こそ真の平和となる。もはや原宿ではない。より刺激のある新大久保だ。様々な人種の交流こそ面白いし、平和はここにある。

老い

老いは忍び寄る影のようなものだ。体の節々に、言葉の端々に、心にじわじわと、自分の意思には関係なく、避けることはできない。ここまで生きたのだから仕方ないと諦めるべきなのだろう。しかし、どこまでどのように体を、頭を、心を蝕んでいくのか、いずれ老いに身を任せそのまま死の床に就くのにしても。

細胞の老化と肉体の老化につながる。人間の細胞分裂限界は120年である。今のところ寿命は最長でほぼ120才。所詮細胞自体が老化していくのであれば、どうしようもない。諦めざるを得ない。差し迫る老化を寧ろ冷静に受け止め、見つめて生きるべきか。

老体に鞭打つという言葉がある。老化の進んだ体に無理を強いても無駄ということだ。年を取れば取るほど無理は利かなくなる。しからばどこまでが無理になるのか、この判断が難しい。頭の中に幻影として若い頃の肉体が残っている。それが邪魔をする。何でもない高さと思われる崖から降りる時が一番危ない。膝を壊しかねない。着地には細心の注意が年と共に必要になる。登るスピードにも注意が必要だ。途中で動けなくなる。老化した体は素直だ。年と共に頭ではなく体の言うことに耳従わなければならない。体の叫びを素直に受け止める勇気が必要だ。

とりわけ頭の老化が一番危ない。頭の中にある画像が言葉として出てこない。画像は鮮明にも拘らず。言語機能のまず老化。脳の中の記憶が途切れる。脳のシナプスがなかなか繋がらない。記憶と実際が結びつかない。脳機能の老化。先日どの山を登ったのか、名前が出ない。時間の経過と共に急に出てくるのだが、何せ思い出すのに時間が掛かる。喉の奥まで出掛かっているのが分かる。辛いものだ。脳が固まる。脳の刺激のため本を読んでいる。しかし、以前に比べすぐ眠くなる。この葛藤の中で脳を活性化させるしかない。テレビではない、読書なのだ。そして書く。何でも良い。書くことにより老いと戦う。

心の老化は諦めで現れる。「もうダメだ」が先に来る。もうちょっとなのだが、ダメになる。足が出なくなる。気が萎える。心の葛藤がか弱い。自分に打ち勝つ余力がなくなっている。自転車ももはやマウンテンバイクからランドナーに変えた。重いペダルに耐えられなくなった。格好はいいのだが、何せ重い。さらばマウンテンバイクよ。一緒に旅した思い出は忘れない。しかしロードではなくランドナーにしたのは意地である。若き頃の旅に明け暮れた日々に戻るためだ。もう一度原点に帰って旅に出る。バックを自転車に括り着け旅に出た、あの若き日々よ。もう一度の気持ちだ。土俵際で老いと戦っている自分を感じる。

老いは天国への階段だ。一歩一歩上っていく。それでいい。遅かれ早かれ天国へは行かなければならない。老いとうまく付き合えばすんなりと天国へ行けるかもしれない。ゆっくりと自分のペースで向かう。間違っても踏み外してはいけない。階段は老人にとって命取り、大きな怪我につながる。今は動けるが、いずれ動けなくなる。階段に上るのもしんどくなる。杖も必要になる。年齢別幸福度調査結果によると60代以上で幸福度が高まり82才がピークだった。最低は47~48才。頷ける。老いと共に人は幸せになっていく。そして幸福度の尺度は金や地位より健康であることが面白い。

山女

ストックを支えに一歩一歩山に登っていると気になるのが、いつの間にか私に追いつき、抜いていく山女の姿である。彼女たちはけして早い訳ではない。こつこつと堅実にひたすら登ってくる。いつの間にか、私が滝のような汗を拭い、休んでいる間にお先にと言って消えていく。挨拶の涼し気なことに驚かされる。どこにどう力があるのか、こちらは喘いでこの世のお終いの呈なのに。

登山は知力体力気力。全てにおいて最早若いのに敵わないのは分っている。やはり華奢で小さくて若い女性に抜かれるのは情けなくなる。意地では勝てない。ただ微笑んで挨拶し見送るしかない。「登山何年目ですか?」山女の覚束ないストック捌きに聞くこともある。「2年目です。」それでも抜かれる。五十で始めた格好だけの登山姿を見透かされているような気がする。ストックが無ければよれよれだ。登山前に飲んだアミノバイタルの効果が切れたころ足が止まる。多くの山女はトレーニングとして山に登っている。更にトレイルランを楽しんでいる女性はもっと凄い。8月の暑い中、水が足らないと不安になっている私の脇をボトル1本で走り抜けていく。縦走のみの自分に対し、もう復路!高尾山から陣馬山までのコース、片道14km、標高差600mある。しかも凄いup-down。けして若くは見えない女性、小さく、細い、筋肉など余計なものはない。全身日に焼けて真っ黒だ。精悍な姿は見惚れるしかない。

「か弱きもの、汝の名は女なり」ハムレットの名言だ。これは嘘ではない。ただ勘違いしてはいけない。女性は確かに筋力、ガタイは劣っているかもしれない。しかし耐久力、適応力に優れ、何といっても生命力が違う。120才まで生きられたのは女性だけ。男性の最高齢は113才を越えられない。65才以上の女性は男性の1.27倍。何が違うのか?高齢に耐えられるだけの精神力、耐久力を男性は兼ね備えていない。女性は人間の弱さを認めた上で耐え忍ぶ力がある。男性には残念ながらその力がない。寛容さが足りない。老いに勝とうとする。到底無理なのだ。ハムレットの言いたかったのはこのことに違いない。

遺伝子的に言えば、女性が元であり、男性は遺伝子の多様性をもたらすため生みだされた。聖書ではアダムの肋骨がイヴを生んだと言うが反対だ。基本は女性。優性遺伝を残すために便宜上男性を造りだした。男性が多く生まれるのは女性にとって優勢遺伝子を選びやすくするため。人類は社会的動物である。男性は最適な労働力、政治力、闘争力、繁殖力を提供する。宗教では社会機能性で男性を上位にする。一方、有用な一方で劣化も早い。宿命とも思える。長生きはできないのだ。70を越えるか越えないかで消える男性の多さである。60代でもはやお役御免となる。正に私は差し掛かっている。

山は昔、男のものであった。これは危険で生命を脅かす場所であった。女性は近寄るべきものではなかった。一歩間違えば死がお待ちかね。獲物はいるが、いつ獲物になるか分からない。道に迷えばさようなら。戻れる道を探すのは容易ではない。水食糧が尽きた時点で終了。狐や狸の餌になる。天候が急激に変わる。急速な体温低下は死を招く。まず安全な道を作り、道標を設け、木を伐採する。過激な重労働である。今でこそ気軽に登山ができるが、これは先人のおかげだ。安全が確保されて初めて山女が生まれる。危険を避けるのが女性本来の本能だから。女性は長く生きる知恵である。今は携帯から、GPSで道を迷うことがない。雨雲レーダーで天候を探れる。トレッキングウェア、リュック、ストック、登山靴の安全、軽量化が進み、アミノバイタルのような栄養食もある。守ってくれる。正に山女を助けている。勿論私のような素人もである。

山に登ることは自然に対峙することに変わりはない。自然は怖い。牙をいつ剥いてくるかくるか分からない。いつも死は隣り合わせなのだから。しかし、山に魅せられるともう居ても立っても居られない。これは山を宗教の世界で捉えた先人に通じる。役行者で登山は始まったという。これは仏教でも神道でもない。自然崇拝の極致なのだ。体の限界を感じながらも一度山を登る陶酔感を憶えるとやめられない。これが山女を生む山の魅力になる。熊野、出羽三山、高尾、修験の場は魅了してならない。これは山に神を見ることに他ならない。森の中は緑に染まる、山上で望む空は永遠の青、流れる雲は白くコントラストを描く、眼下に広がる街並、澄む空気、静寂の世界と木々を騒めかせる風、一度虜になると山は頭から離れなくなる。死を賭けてであっても山女が登り続ける理由がここにある。

ピーターの遺産33億円

Face Bookには様々な方が訪ねてくるので楽しい。日本だけでなく海外からも訪れて来る。ー昨日のメールには驚いた。ドバイに33億円(3千万ドル)の遺産がある。山分けしないか?”Yamaji”を探していた。やっと君に辿り着いた。UAE首都ドバイの国営銀行の頭取さんである。Peter Yamajiなる方が2006年5月のジャワ島地震で亡くなった。彼は結婚しておらず相続人がいない。今年の2月で口座は満期になっている。それで同姓の人間を探していた。相続人にするから山分けという腹。この地震で5000人以上が亡くなっているが日本人の被害はなかったはず。

この話と同じような内容は別のブログでもオープンしているのでご参考に。

https://ameblo.jp/877840971213/entry-12569097394.html

https://ameblo.jp/meimeifinkl/entry-12458341089.html

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10229168430

怪しい理由は他にもあった。何故2004年の22万人被害のスマトラ津波でないのか?リアリティーがない。親戚でもない人間に銀行が金を払うか!同じ名前だけで。私は返事した。丁重に。私はこの話に興味がない。Yamajiなる人間は日本にたくさんいる。彼のメールではYamajiは実に”山地”になっていた。まあGoogle翻訳したのかもしれないが。この返事がまたおかしい。私の名前がShigemoriであると。聞いたこともない名前がでてきた。流石にここまでくると私も言わざるを得ない。人違いとちゃいますか?その後返事は来なくなった。

頭取さんと言われる方のFace Book上の写真がどうも怪しい。今は取締役の写真に変更されたが、当初中東ではなくアフリカの大地とそこに住む人々の写真ばっかりなのだ。私はピンと来た。なりすましである。オレオレ詐欺みたいに会社のトップの写真を拝借、なりすまし、送金するためと言って口座を聞き出し、勝手に使い、遺産の請求費用を前金でセビッテくる。これを実際交渉した勇気あるブログを紹介しよう。勇気のある行動だ。手数料として9,800ドル必要。そのほかに、コンサルティング費用として4,070ドル、管理費用として6,110ドル必要。これが前金。総額19,980ドル、日本円にして2,197,800円。これだけでも十分であろう。送金されたら連絡は取れなくなる。口座も閉められる。交渉された方は成功報酬で話をされたらしいが、揉めたところで連絡がこなくなった。このブログをご参考に。

https://zuuonline.com/archives/130604

この頭取の名前を使う複数の人間をインターネットで検索できる。インド人あり、アフリカ人あり、日本人もあった。よく分からない。このなりすましを摘発しなければならないのでは。実際この頭取はご自身のアカウントがあり、これをFaceBookで確認できる。この頭取以外のなりすましについても他のブログにもあった。ご参考に。

https://rocketnews24.com/2017/03/21/875807/

https://tomitoko.com/archives/10936

https://tomitoko.com/archives/18573

https://blog.canpan.info/sasakawa/archive/5789

https://hiraoka.keikai.topblog.jp/blog_detail/blog_id=7&id=2557

https://torivian.hateblo.jp/entry/2018/07/05/134415

https://mck-asia-traveler.seesaa.net/article/461409287.html

何れにしても共通点はドバイと3千万ドルとピーターの名前である。ドバイは余程金の動く場所らしい。アジアとヨーロッパ、キリスト教とイスラム教の接点となっている。ピーターはペテロのオランダ、イギリス名である。要はクリスチャンネームである。キリストの第一の使徒の一人であり、最初に裏切るとされながら、最後はローマで殉教している。彼はサンピエトロ大聖堂に眠っている。軽々しい名前ではない。

実際に犠牲になった方もいるようだ。次のブログは涙を誘う。

https://torivian.hateblo.jp/entry/2018/07/05/134415

ここ10年、SNSを利用した詐欺が横行している。くれぐれも新種詐欺に気を着けること。FaceBookにおいて安易に友達承認はしない。今まで悪者とされたかのような頭取も被害者。なりすましに使われたにすぎない。明日は我が身なのかもしれない。ドバイの銀行からは詐欺に掛からないように、銀行は決して個人情報、ATMパスワードなど聞き出したりしないとインターネットサイトで明記している。

Caution: Protect Yourself from becoming a Victim of Online Frauds. Please be aware of fraudulent emails and websites that attempt to obtain your banking information. Dubai Islamic Bank never asks for your confidential information, like password ATM, …

もし引っ掛かりそうになったら次のブログを参考に。

https://www3.hp-ez.com/hp/mizugoto/page14/bid-420393

https://ja-jp.facebook.com/notes/takayuki-fujita/%E8%A6%81%E6%B3%A8%E6%84%8F%E3%81%AA%E5%8F%8B%E9%81%94%E3%83%AA%E3%82%AF%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%88%E3%81%A8%E5%AF%BE%E5%87%A6%E6%96%B9%E6%B3%95/523379761073143/

最初に載せた写真の鴨と鷺の意味がお分かり頂いただろうか?”詐欺でカモ”を掛けた。くれぐれもカモにならないように。FaceBookを運用し約半年、今回は勉強になった。知恵はやはりインターネット上の様々なブログからもらえる。疑問に思ったら何でもインターネットで検索。様々な経験をブログが教えてくれる。一方で、なりすましをしていても実際の姿はFaceBookを通して見えてしまう。今回は写真であった。アフリカの草原と人々の顔、これは有名銀行の頭取とは余りに掛け離れていた。素朴な良い写真だった。自分を偽ることが一番難しい。

ワイン

ワインの故郷はグルジア(現ジョージア)と教えてくれたのは、上海の西、昆山の城市公園に面した粋なレストランの美しい中国人の若い女性オーナーだった。あれから3年経つ。店内には高級感溢れ、入り口脇の木製の棚にはワインボトルが所狭しと置いてあった。どれを取ってもみごとなもの。見惚れてしまう。生まれて初めてだった。こんな美しいワインボトル。どこのものか?グラスウェアから漆器のものまである。どれも民族色豊かであった。上の写真でお気づきになっただろうか、懐かしいフルシチョフ元ソ連第一書記の写真が棚に上部に飾ってある。1963年フィデル・カストロ元キューバ第一書記とグルジアを訪れた際に撮った写真。角杯でワインを味わっている。向かって彼の左に見えるおなかはフィデル・カストロ元第一書記のもの。看板の北箭庄園(North Arrow)は新疆ウルムチのワイン商社、グルジアのワイナリーと提携し、ワインを輸入している。私の住まいはこの店の近く、週末ワインとブルーチーズを食しに良く尋ねた。尚、ブルーチーズは中国人はお気に召されないようで、大量に頂くことになった。ありがたかった。下の写真のブルーチーズのタッパー奥のボトルのラベルの人物、自ずと知れたスターリン。グルジア生まれの旧ソ連の指導者。フルシチョフの前、レーニンの後。グルジアのラベルに彼は健在であった。イタリア料理を出す訳でもないのに店名はナポリだった、不思議な店だった。今はもうない。

今からちょうど30年前、オーストリアのザルツブルグへクリスマスのころ兄を訪ねた。夜ささやかな歓迎会。そこで酌み交わしたのが赤ワインだった。一升瓶だった。ワインは水より安い。日本ではまだワインは高級酒に扱われていたころである。ヨーロッパではワインは生活の一部だ。小さいころ、クリスマスにこのオーストリア人の日本の家に呼ばれていた。必ずワインを飲ませてくれる。これが楽しみであった。ワインはキリスト教徒にとって聖なる飲み物。キリストの血である。最後の晩餐の絵にはワインがグラスに入れられ配られている。

禁酒法時代の米国においてもワインは作られていた。それがカリフォルニアである。イタリア人によって守られていた。3年前ナパバレイで飲んだワインを忘れられない。何故かカリフォルニアワインと言うと白になるが、これは日本人がワインに慣れていないと判断し、日本酒を意識し、白で売り出しただけ、勿論赤もある。訪れたワイナリーでは試飲させてくれた。酸味のあるすっきりした味わいであった。

グルジアにおいてはワイン酒造7000年前の遺跡が残っている。葡萄はシルクロードを経て中国から仏教と一緒に日本に入ってきた。漢字と読み方は中国語そのままである。中国でputaoと発音する。ワインは中国において王のみ飲める高級な酒であり、一般庶民のものではなかった。普通に飲むことができなければ根付くことはない。日本へワインはキリスト教の宣教師と共にやってくる。中国経由ではない。飲める人間は自ずと限られた。作られるようになったのは明治以降になって、フランスの技術である。中国も同様フランスである。多くの日本人は今もボルドーの銘柄を好む理由がここにある。収穫祭になればボジョレヌーボ。全てフランス。私が一番日本のワインにハマったのは5年前長野県茅野にいた時だ。長野では秋になるとワインも新酒が出てくる。アルプスワインの完熟コンコード辛口は値段も1,000円そこそこで香、旨み、コクとも最高であった。是非、秋に飲んで頂きたい日本のワイン。ワイナリーはほぼ塩尻にある。葡萄の木は全てフランスからきている。

長野は日本一の長寿県でもある。健康の秘訣をおじいさんに教えて頂いた。酒は毎日200ccとせよ。グラス1杯である。それで満足しなければならない。ワインは1瓶750cc。3日で飲めば毎日250ccになる。これでほろ酔いにする。アルコール度数を14%を基準とした。丁度いい。赤であればポリフェノールも摂れる。飲み物は冷やしてはいけない。これは中国の教え。体を冷やすからだ。これも赤のワインには当て嵌まる。毎日飲むには1瓶1000円弱に抑えなければならない。最近14.5%でも1000円弱。スペインのワインにある。日本のワインは度数が残念ながら低い。最近円高傾向、ワインの需要も健康志向で増えているのか、酒類も増え、安くなっている。喜ばしい限りだ。スーパーで充分。探せばある。商社の方に感謝。

ところでグルジアは正式国名を2015年にジョージアにした。ロシアとの関係もあろうが、中国では相変わらず格鲁吉亚(グルジヤ)である。慣れ親しんだ名前を大事にするのもいいのではと思うが。一度は行きたい国の一つ。ワインを醸成するのに古より甕を使う。縄文式土器のように先が尖っている。書斎に他の彩色豊かなワインボトルと一緒に飾っている。中国昆山のナポリの店員が、私が撮影し、感動していたところ飾っている数瓶をくれた。日本に持って帰り、書斎に飾り懐かしんでいる。ワインは様々な出会いと喜びをもたらす聖なる酒と思えてならない。感謝している。

東京には1軒吉祥寺にグルジア料理を提供する店がある。駅近なので是非近くの方は訪ねて欲しい。名前はカフェ・ロシア。かわいいワインボトルが待っている。是非ワインもご注文願いたい。店員は今はロシア人に変わっている。数年前はグルジア人であった。

http://caferussia.web.fc2.com/

珈琲

台北の奥座敷北投温泉の渓谷に掛かる橋の袂に粋なカフェがあった。ウィンドウに飾られたカラフルなティーポットに魅せられた。2015年7月初旬、散歩には少々蒸し暑い昼下がりだった。10名入れば一杯、アンティークな雰囲気に懐かしさを感じた。コーヒーのメニューはモカ、ブルーマウンテン、ブラジル、ブレンド、勿論中国語なのだが、定番が似ている。窓際に座り雰囲気を楽しむ。頼んだブレンドコーヒーの味も香も日本。台湾に来て日本を味わえるとは。あれからもう5年、この店もなくなっているようだ。店の名は記憶にない。

日本語のコーヒーはオランダ語”KOFFIE”である。江戸時代に薬とされ、洋学者で医師宇田川榕庵に珈琲と命名された。中国では王偏を口偏に変え、咖啡とした。珈琲では中国語読みでjiabeiでカフェとは読めない。それで咖啡(kafei)をあてた。中国人は日本人ほどコーヒーを飲まない。お茶発祥の地の誇りがある。元々中国でコーヒーを広めたのは台湾人である。上島咖啡が先駆者。一見日本の喫茶店かと思ってしまう名前。今はスターバックス更に中国の会社ラッキンに置き変えられている。米資本のファーストフードの進出、ビジネスマンのライフスタイルの欧米化が中国人の食生活を変えた。日本では喫茶店で珈琲を飲むが、彼らがコーヒーを飲むのは咖啡店である。中国の喫茶店は下写真にようにのんびりお茶をお菓子と共に味わうところである。コーヒーはまずでないし、合わない。

日本の喫茶店にこのお茶の楽しみはない。まず一杯のコーヒーか、紅茶であろう。中国には泡茶という習慣がある。何度でも茶葉にお湯を継ぎ足し、茶の味をとことん楽しむのである。この泡の意味は注ぐという意味で単に泡立てるのではない。半日居ても飽きないようになっている。お菓子は食べ放題であのころで600円くらいだった。何とも優雅な習慣だ。日本のお茶で泡茶ができない。茶葉を蒸してしまい、お湯を注ぐ度に変わる味わいを消してしまうからだ。日本人のせっかちなところを表すものと伊勢茶の博物館で伺った。お湯を入れてすぐに茶を味わいたいためにそうしたようだ。淹れたてを楽しむ。ここにコーヒーを受け入れる素地があったと言えないか。

淹れたてが実にいい。コーヒーの醍醐味。中国でも毎日自分でコーヒーを淹れていた。ドリップ式である。豆はUCCの輸入粗挽き缶、フィルターはMelita。お湯を注ぐその瞬間に広がる香り、口に含んだ時の味わい。掛け替えの無い自分の時間である。バッハのコーヒーカンタータをご存じだろうか。

第4曲 アリア
(リースヒェン)
ああ、コーヒーの味の何と甘いこと!
千のキスよりまだ甘い、
マスカットよりもっと柔らか。
コーヒー、コーヒー、コーヒーなしじゃやってけない。
私を何とかしようと思ったら、
コーヒーをくれるだけでOKよ。

https://youtu.be/YonkJDrJXgg

正にコーヒーを愛する心をバッハは表している。私が若いころバロック喫茶があった。私はしがない予備校生、親元を離れ一人仙台にいた。毎日予備校に行かずともバロックを聞きながらコーヒーを飲んでいた。バロック喫茶は地下にあった。異次元の世界に下りていく。椅子は全て壁に向かっていた。壁には大きなスピーカーが4台。常にバロックが流れていた。それだけである。淹れたてのコーヒーを頂ける。一杯350円だったと記憶している。開店の10時から閉店まで好きな科目のみ勉強しながらバロックを聞き、コーヒーを数杯飲み、悦に入る。そして満足して帰るのだ。

バロックの旋律は心に沁みる。コーヒーの風味を高めてくれる。自分を見つめる、一人静かに、その時バロック音楽の旋律は深く深くコーヒーと共に私の魂を誘ってくれる。自分はどうあるべきか、どうすべきか、そしてあるがままに任せよと。

熊さんは実際怖い!

ある~日、森の~中、熊さんに出会った。花咲く森の道、熊さんに出会った。 熊さんの 言うことにゃぁ、お嬢さん お逃げなさい。スタコラ サッサッサのサ、スタコラ サッサッサのサ、ところが熊さんが後から付いてくる。トコトコ トッコと、トコトコ トッコと、お嬢さんお待ちなさい。ちょっと落とし物、白い貝がらの小さなイヤリング。あら熊さんありがとう。お礼に歌いましょう。ラララ ラララララ、ラララ ラララララ。

今から2週間前、7月29日から31日上高地明神館近くを歩いていた。この間、2回も2日に渡って野生の熊と出くわすとは思いも及ばなかった。生まれて初めてである。1匹は大きな熊、1匹は子熊だった。昨日の8月13日この1匹と思われる大熊が処分されたようである。

https://www.nbs-tv.co.jp/news/articles/2020081400000001.php

最初に熊を見たのは7月30日朝8時15分、明神館から1.1キロ、女性がテント毎襲われた小梨平キャンプ場から3.8キロの古池近くの藪の中、大きな熊がパンダのように笹らしきものにかぶりついていた。子熊も近くにいた。こちらを睨んでいたが襲ってきそうな雰囲気はなかった。8mは離れていた。携帯で撮影しながらそろりそろりと後ずさりしながら離れた。全体像は撮れていないが、顔は40㎝はあった。子熊もその時一緒にいた。親子かと思っていた。

2度目に見たのは次の日の7月31日朝11時ちょうどである。これは小梨平キャンプ場から1.3キロ徒歩16分ほどのところであった。今度は子熊のみ、道路脇の藪の中でごそごそ動く動物らしきものがいたので、猿かと近づいて見たところ黒いので熊かと。目と鼻の先。兎に角夢中で携帯で撮影した。こちらを気にせず、悠々と道を渡り、藪に消えていった。他の登山者も大勢見ていた。

上高地は、相次ぐ地震、大雨による土砂崩れで。道路封鎖箇所も多く、監視員が回っていた。たまたま会った方に報告しておいた。この情報はすぐに流れていたようである。しかし、人は襲わないと聞いていて安心していたが、小梨平のテントが襲われたことには肝をつぶした。人ではなくテントに襲い掛かった。

私は18年前上海野生動物園で、2600円ほど支払い、大きさ150cmほどのジャイアントパンダと家族4人一緒に並んで撮影した。係員がリンゴを与え、座ってかじっている間。一瞬着ぐるみと思われたが、やはり熊は熊である、口は大きい、牙が鋭い、毛のゴワゴワ感、目つきも鋭い、とても遠くから見るのと大違い。恐怖心に駆られた。更に横目で睨まれ、リンゴをかじる音が凄い。身の竦む思いであった。中国ならではと今思う。

熊には遇わないほうがいい。しかし、遇ったらそろりそろりと離れるべし。とても敵う相手ではない。熊も元々犬の仲間と言っても狼もそう、けして甘くはない。日本ではもう狼はいない。残る危険な動物は熊。くまもん、パンダ、クマのプーさんのように日本人は熊が好きである。好きと実際は違う。くまもんも熊のいない九州で重宝され、パンダも日本にはいないが、実際人を襲う。プーさんはぬいぐるみ。要は熊には近寄るべからず。熊の臭覚は人の100倍、そこに怖さがある。風下にそろりそろりと逃げるべし。けしてスタコラサッサと走ってはいけない。寧ろ襲ってくる。くれぐれもそろりそろりと。一緒に歌なんか歌ってくれません。熊にそんな余裕はない。生きるのに精一杯なのだから。