後何年生きられるか

日本人の寿命は確かに延びている。昨年発表の平均寿命では女性87.32才、男性81.25才。過去最高の数値で、更にこのままであれば、女性は93.87才まで、男性は87.85才まで伸びる余地はある。世間では、人生100年時代と盛んに喧伝している。騙されてはいけない。同時に発表された健康寿命においては女性74.79才、男性72.14才とけして長くない。要は長生きできたとしても介護は必要なのですよと言っているようなものだ。下表は自立度の変化パターンを示している。生きながられてもほぼ90%の男性は加齢とともに80代までで急激に死に向かう。女性は全体的にあと一線で生き残るが、介護はほぼ必要になっていく。結果として長生きするとは要介護である。

80代まで自立し続ける幸運な10.9%のグループに入れれば良いが、その保証はない。急激に死を迎える男らしさをもって生きる方がすっきりしていて潔い気はする。どこまでも”ぴんぴんころり”を目指し、与えられた命をどう全うすべきか。いつ死んでも良いように足が動く限り、自転車を漕ぐか、山を登り続けるか、人生の旅を満足行くように歩み続けるべきだ。けして途中で逃げ出さない勇気が今の自分に求められている。

病に負けぬ気力、体力、根気こそ今自分に求められている。完璧な健康に恵まれた人間は稀なのだ。動き続けられる限り、前を向いて歩み続けることが生きる。いつ訪れるか分からない死を待っているほど余裕はない。死は平均数字ではない。いつくるかわからない突然の訪問者のようなものだ。

髭 その二

髭は何のために生えるのか?更に考えてみた。

「髭の生える理由について今もって不明である。身体の保護という説も聞かれるが、本来肉体的に保護が必要な幼年期に髭が薄く、女性にも基本的には生えないことから俗説とされている。髭に生物学的な機能としての意味合いは薄く、特に現代において多くの人間にとって無用のものとされる。しかしライオンのたてがみと同じように、成熟したオス個体に顕著に発現する第二次性徴であることから、主に性淘汰により発達したものであるとする見解もある。チャールズ・ダーウィンも男性の髭を先史時代の性淘汰による産物と考えていた。ただし男性の髭を好む女性が多いという統計的データはなく、日本や欧米など女性の権利向上が進んだ国において男性が髭を剃ることが広く行われている一方、中東などの女性の権利の低い地域において男性の髭を伸ばす風習があるなど異性間淘汰ではこれを説明できるとは限らない。」

これはウィキペディアからの抜粋である。髭の存在理由をダーウィンの説を下に考察しても結局分からないとしている。更に現代においては無用のものとまで言っている。 男性が大人になって髭が生える理由は簡単ではないか。髭はライオンのたてがみと同じで役に立つ立たない、女性に好かれるか否か、見栄えが良し悪しの議論ではなく、同性間淘汰から生まれ、更に民族へのアイデンティティーとなったと確信する。 更に確信に近い性淘汰についてウィキペディアから調べてみた。

「メスを巡って主にオス同士で闘争は行われ、直接闘争を行う種の多くも、通常は儀礼的なディスプレイ行為から始める。これは誰とでもむやみに戦うことが進化的に安定な戦略ではないからである。闘争がどこまでエスカレートするかは種にもよるが、その行為によって得られる利益の大きさに左右される。ライオンであれば年老いたオスの方がエスカレートしやすい。これは年老いたオスには残された時間が短く、(たとえば死ぬことによって)支払うことになるコストに比べ、利益が大きいからと考えられる。」

要はたてがみが無用な戦いを避けるディスプレイ効果を持つとしている。してみれば老人ほど髭が立派な理由も分かるではないか。更にたてがみがライオンをライオン足らしめるものである。ここにアイデンティティーが生まれてくる。人間の髭も民族のアイデンティティーとして残されたものと理解すべきではないか。モンゴロイド間の淘汰の歴史を同一民族という絵空事で否定した日本ではいつのまにか髭は無用とされた。しかしこうして古いモンゴロイドの血が私の髭に託されたとみて差し支えない。アイヌ民族の髭と同様である。

定年退職し髭をのばしている。1か月で12mmほど。家族は嫌がっているが、経済的なので気にいっている。毎朝使うお湯のガス代、替え刃代、シェイビングジェル、スキンコンディショナー全ていらなくなった。高くついていた化粧品だ。薬屋も泣くだろう。ごみ削減にもなる。毎朝の髭剃りの面倒もなくなった。一石三鳥である。定年を迎えたら一にやってみたかったことである。

私には兄がいるが髭は私ほど生えない。死んだ親父も。何故私だけ?母は仙台の人で、ルーツは岩手。日本の滅ぼされた縄文人の血を引くと言ってる。一番古い南方から渡ってきた、漂流の民、エスキモー、アメリカインディアンにつながる、琉球、アイヌと同じ民族である。この血が私につながっているということだ。坂上田村麻呂に滅ぼされた東北の民の血である。

私は毛深い。中国上海、蘇州にいたときも違和感を感じていた。実は日本の三重県に居た時も。私は違う民族なのではと思っていた。海外を渡っていると実に中国人も韓国人も日本人も見分けがつかない。私だけの違いは毛深さであった。同じモンゴロイドらしいのだが、私の血は古いモンゴロイドらしい。大陸から文化とともにやってきたのが新モンゴロイドで、背が高く、毛深くなく、色白という特長があるらしい。確かに格好いいといわれる人間の特長である。私は気にしない。寧ろ古いモンゴロイドの泥臭さに惚れている。

中国人も韓国人も髭で日本人を区別しているようで、日本の髭の文化が嫌われるのは髭は野蛮というアジア的観念に捕らわれた教育の所為だけでなく、新モンゴロイドから見た野蛮人のイメージに違いない。滅ぼした民である。日本においてもそうである。一方、確かに白人に比べ、日本人の髭は濃く、貧相に見えなくもない。いいじゃないか、民族の誇りだ。民族主義と嫌われそうだが、自由人だからできること。

昨日の夢

昨日夢を見た。昨年末突然亡くなった友が入院しており、見舞いに来ている。治療のため手術をしたという。手術跡は生々しく、顎から耳に掛け残っている。患者衣姿で傷口を見せてくれる。

目が覚めた。彼と久しぶりに会ったのは亡くなる2日前、たまたま早く会に来ていたので差しで飲んだ。40年近い年月が既にそれぞれに過ぎ去っている。そして彼は何故死に、私は何故残ったのか。

私は50歳で膀胱癌になり、手術を3回している。抗癌治療は昨年まで18回。膀胱が萎縮し、頻尿になり睡眠障害で苦しんでいる。還暦で定年退職を選んだ理由もここにある。膀胱を残すため、医者の勧めで、この治療を選んだ。実は治療は尚続く予定であった。癌を完全に再生不可能にするか、苦しい抗癌治療を続けるか、セカンドオピニオンを他院に求め決断した。結果としてまだ癌は再発していないが、後遺症が私を今尚苦しめている。

死を恐れ、治療に苦しみ続けることが果たして良いものなのか。生きる意味が失われたとき、価値は失われる。生きるとは単に耐えるだけではなく、自ら主体的に価値を見出す生きざまにある。彼の死は私に生き方を変えた。苦しんで耐えて生きるより、生きたいように生きよ。今自分は何をしたいのか。何を求めているのか。あと何年生きられるのか、それともすぐにも死は訪れるてくるのか。回答は今享受している今この時にある。

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徒然

私は還暦をもって定年退職の道の選んだ。学校を出てから、夢中で会社生活を突っ走ってきた。精神的、肉体的にも疲れてきていた。自分にとって会社は何なのか?人を使うとは、使われるとは、何なのか?二度ほど会社は変わっている。50歳を過ぎ、体の変調と仕事への責任を取る重要性に気が着いて、都度辞める決心をし、次の会社を選択する必要に迫られたためである。立つ鳥後を濁さずであれば、また鳥は別の水辺に降りる権利はある。生来自由人の私は、潮時をいつも見ていた。日本文化の良き慣習である定年を自分の仕事における潮時とした。借金もない。子供も働きだした。結婚はまだだが。女房も元気。自分だけガタがきている。人生においては、親父が生きた75年を潮時とみている。あと15年徒然なるままに生きていこうと思っている。

2015年7月八ヶ岳西天狗から硫黄、横、阿弥陀、赤岳を望む

有相無相

私は幸せなことに2001年より足掛け9年間中国で生活した。そのうち悠久の歴史を味わえる呉の国の古都蘇州に5年間滞在した。そこでは、980年余り前から造られてきた数々の古典庭園が楽しめた。庭園で感じられるのは自然美にのみ頼った公園にはない”有相無相”である。まさに人為的な小宇宙から人に無限のおもしろみを教えてくれる。”有相”すなわち人が見える全てのもの、庭園においては様々な事象が存在する。人為的な建物装飾の風景と自然との融合、四季の変化による変幻自在のおもしろみが生まれる。人が見て感じる”無相”に限界はない。日本に帰り、終の棲家の庭に様々なオーナメンツを飾り、風を感じる木々と香漂わせる花々を植え、身の丈に応じた”有相無相”を感じるようにしている。

”月日は百代の過客にして行き交う年もまた旅人なり。船の上に生涯を浮かべ、馬の口とらえて老いを迎ふる者は日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。” 芭蕉の”おくのほそ道”の旅立ちの冒頭。旅立ちは45歳の時、その5年後、”旅に病み夢は枯野を駆け廻る”の句を残し、別の旅先で亡くなる。”おくのほそ道”は、死出の旅となる出立のひと月前の春に彼の心の書として纏められた。死を予感していたのか?芭蕉にとって人生は漂泊の旅の中にあり、そこに死すとも厭わない。私も芭蕉にならい旅に出る。人生の新たな旅立ちである。”漂泊の思ひやまず” トルストイの言葉”光あるうちに光の中を歩め”に従い、まだ間に合う。生きている限り、光は平等に人の上に注ぐ。光がまだ自分にも射しているうちに旅に出るべきと。